2018年9月アーカイブ

9月22日の東京・町田駅前ビル「パリオ」でのコンサートの写真が届いた。先の投稿のようにキルト作家・つるた聰子さんの展覧会でのプレイベントコンサート、撮影は私の友人のカメラマンの阿部氏。つるたさんの作品のなかには私の曲からインスピレーションを受けたものが何点かあり、そんな作品に包まれたようなコンサートになりました。会場は広いフリースペースで、写真からでは前面しかわからないですが後方にもかなり大きなスペースが広がっていて、そこにも大きな作品がいくつも飾られ、前々日から作品展示の準備そして前日には私たちのコンサート準備と、ある程度時間に余裕があったのでその分しっかりと音の調整ができましたが、当日はいつものように 多少緊張気味での演奏になっちゃいましたね、ま、ちょっと上がり症の私のいつものことだけれど。

寄りの写真も幾つかありますが、最後の写真はいい感じでなんか遺影に使ってもいいなぁ。iphoneで撮ったビデオはうまく編集ができたらまたアップしましょう。尚、展覧会は30日まで開催されていますので、町田方面のかたは是非お出かけ下さい。

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草月流の小寺春晃さんと草照流の藤澤照瑛さんによって生けられ大きなお花がいくつも飾られ、つるたさんの作品と相まって無機質なスペースがとても華やいだ雰囲気になってました、女性たちならではの設えですね。

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二部の最初はつるたさんとのトーク。何を話したかもう忘れてしまったけれど、秦琴という楽器を見るのも初めての人が多かったので、楽器を持ち上げながらの解説。

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遺影にしたいようないい感じの写真。

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以下、プログラムと、プログラムに載せた演奏曲目の解説。一曲150文字以内の制約のなかで。

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1st

1)    沙羅の糸

「月調」という調弦で奏でられるこの曲は私が秦琴を弾き始めた最も初期の時期に作曲した曲です。1988年発売のCD『星の大地』に収録されていますが、「沙羅の糸」という曲名は人の「縁」の繋がりを糸に喩えたものです。羅網のように張り巡らされた目に見えぬ縁の糸に運ばれ、皆様の命と私の命とが今ここで出会っているのです。

2)    荒城の月〜宵待草

明治12年に生まれ、24才で亡くなった滝廉太郎作曲の「荒城の月」。皆さんご存知の曲ですね。ただ原曲の「荒城の月」は皆さんが覚えているメロディーとは一箇所異なる所があります。今回は原曲のメロディーを演奏します。続いて「宵待草」、作曲は多忠亮(おおのただすけ)、この曲も竹下夢二の作詞で皆さんよくご存知と思います。

3)    即興・蓮華燈籠(海神別荘より)

坂東玉三郎さん演出・主演の「海神別荘:(泉鏡花原作)」が日生劇場で公演され、音楽を担当しました。この曲はその劇中曲の一つで、海に流された蓮華燈籠が波の間に間に漂う情景を表現したものです。つるた聰子さんによってそのイメージは昇華され、この世の美しい輝きを表現した「その日の朝」という作品になりました。

4)    山百合一輪川に流せば

命あるものが出会えば必ず別れがあり、悲しみがあります。人はその約束された悲しみを心に内包しながら生きているのかも知れません。歌詞の中の「花散れば行方知れず」という言葉はつるたさんの作品にもなっています。人の心の奥底に眠る慈悲心は、大いなる喜びにもなり、深い悲しみにもなります。そんな心を歌った曲です。


2nd
* つるたさんとトーク

1)     星の大地

今空を見上げれば、遥か宇宙には無数の星々がちらばり、この地球の何処に居ようともそこはまさに「星の大地」なのです。そして全ての命はその母なる地球で消滅と再生を繰り返しています。つるた聰子さんの作品「天空の玻璃」はそんな森羅万象の命の愛おしさが布の美しさを思う心に重なり名付けられました。

2)    月氏幻想―セレスの見た夢

紀元前3世紀頃、シルクロードの交易を担っていたのは遊牧民族の月氏(げっし)と云われた人々でした。彼らが手に入れた絹は遥かローマにまでもたらされ、当時、西方の人々は彼らのことを「絹の生産者」を意味する「セレス(seres)」とも呼んでいました。その月氏の人達が灼熱の砂漠を旅するイメージを曲にしてみました。

3)    空華(くうげ)

一瞬のうちに変容してしまう幻のようなこの世の姿。しかしその幻こそが現実の実相なのかもしれません。「時の流れの雪のような、この現世(うつしよ)の夢のひととき、何処かに流れて消えてしまうか」と歌うこの曲を、道元の仏教思想書『正法眼蔵』第14「空華」から取ってその題名としました。

9月22日の東京・町田駅前ビル「パリオ」でのコンサートの写真が届いた。先の投稿のようにキルト作家・つるた聰子さんの展覧会でのプレイベントコンサート、撮影は私の友人のカメラマンの阿部氏。つるたさんの作品のなかには私の曲からインスピレーションを受けたものが何点かあり、そんな作品に包まれたようなコンサートになりました。会場は広いフリースペースで、写真からでは前面しかわからないですが後方にもかなり大きなスペースが広がっていて、そこにも大きな作品がいくつも飾られ、前々日から作品展示の準備そして前日には私たちのコンサート準備と、ある程度時間に余裕があったのでその分しっかりと音の調整ができましたが、当日はいつものように 多少緊張気味での演奏になっちゃいましたね、ま、ちょっと上がり症の私のいつものことだけれど。

寄りの写真も幾つかありますが、最後の写真はいい感じでなんか遺影に使ってもいいなぁ。iphoneで撮ったビデオはうまく編集ができたらまたアップしましょう。尚、展覧会は30日まで開催されていますので、町田方面のかたは是非お出かけ下さい。

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草月流の小寺春晃さんと草照流の藤澤照瑛さんによって生けられ大きなお花がいくつも飾られ、つるたさんの作品と相まって無機質なスペースがとても華やいだ雰囲気になってました、女性たちならではの設えですね。

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二部の最初はつるたさんとのトーク。何を話したかもう忘れてしまったけれど、秦琴という楽器を見るのも初めての人が多かったので、楽器を持ち上げながらの解説。

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遺影にしたいようないい感じの写真。

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以下、プログラムと、プログラムに載せた演奏曲目の解説。一曲150文字以内の制約のなかで。

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1)    沙羅の糸

「月調」という調弦で奏でられるこの曲は私が秦琴を弾き始めた最も初期の時期に作曲した曲です。1988年発売のCD『星の大地』に収録されていますが、「沙羅の糸」という曲名は人の「縁」の繋がりを糸に喩えたものです。羅網のように張り巡らされた目に見えぬ縁の糸に運ばれ、皆様の命と私の命とが今ここで出会っているのです。

2)    荒城の月〜宵待草

明治12年に生まれ、24才で亡くなった滝廉太郎作曲の「荒城の月」。皆さんご存知の曲ですね。ただ原曲の「荒城の月」は皆さんが覚えているメロディーとは一箇所異なる所があります。今回は原曲のメロディーを演奏します。続いて「宵待草」、作曲は多忠亮(おおのただすけ)、この曲も竹下夢二の作詞で皆さんよくご存知と思います。

3)    即興・蓮華燈籠(海神別荘より)

坂東玉三郎さん演出・主演の「海神別荘:(泉鏡花原作)」が日生劇場で公演され、音楽を担当しました。この曲はその劇中曲の一つで、海に流された蓮華燈籠が波の間に間に漂う情景を表現したものです。つるた聰子さんによってそのイメージは昇華され、この世の美しい輝きを表現した「その日の朝」という作品になりました。

4)    山百合一輪川に流せば

命あるものが出会えば必ず別れがあり、悲しみがあります。人はその約束された悲しみを心に内包しながら生きているのかも知れません。歌詞の中の「花散れば行方知れず」という言葉はつるたさんの作品にもなっています。人の心の奥底に眠る慈悲心は、大いなる喜びにもなり、深い悲しみにもなります。そんな心を歌った曲です。


2nd
* つるたさんとトーク

1)     星の大地

今空を見上げれば、遥か宇宙には無数の星々がちらばり、この地球の何処に居ようともそこはまさに「星の大地」なのです。そして全ての命はその母なる地球で消滅と再生を繰り返しています。つるた聰子さんの作品「天空の玻璃」はそんな森羅万象の命の愛おしさが布の美しさを思う心に重なり名付けられました。

2)    月氏幻想―セレスの見た夢

紀元前3世紀頃、シルクロードの交易を担っていたのは遊牧民族の月氏(げっし)と云われた人々でした。彼らが手に入れた絹は遥かローマにまでもたらされ、当時、西方の人々は彼らのことを「絹の生産者」を意味する「セレス(seres)」とも呼んでいました。その月氏の人達が灼熱の砂漠を旅するイメージを曲にしてみました。

3)    空華(くうげ)

一瞬のうちに変容してしまう幻のようなこの世の姿。しかしその幻こそが現実の実相なのかもしれません。「時の流れの雪のような、この現世(うつしよ)の夢のひととき、何処かに流れて消えてしまうか」と歌うこの曲を、道元の仏教思想書『正法眼蔵』第14「空華」から取ってその題名としました。

9月22日の東京・町田駅前ビル「パリオ」でのコンサートの写真が届いた。先の投稿のようにキルト作家・つるた聰子さんの展覧会でのプレイベントコンサート、撮影は私の友人のカメラマンの阿部氏。つるたさんの作品のなかには私の曲からインスピレーションを受けたものが何点かあり、そんな作品に包まれたようなコンサートになりました。会場は広いフリースペースで、写真からでは前面しかわからないですが後方にもかなり大きなスペースが広がっていて、そこにも大きな作品がいくつも飾られ、前々日から作品展示の準備そして前日には私たちのコンサート準備と、ある程度時間に余裕があったのでその分しっかりと音の調整ができましたが、当日はいつものように 多少緊張気味での演奏になっちゃいましたね、ま、ちょっと上がり症の私のいつものことだけれど。

寄りの写真も幾つかありますが、最後の写真はいい感じでなんか遺影に使ってもいいなぁ。iphoneで撮ったビデオはうまく編集ができたらまたアップしましょう。尚、展覧会は30日まで開催されていますので、町田方面のかたは是非お出かけ下さい。

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草月流の小寺春晃さんと草照流の藤澤照瑛さんによって生けられ大きなお花がいくつも飾られ、つるたさんの作品と相まって無機質なスペースがとても華やいだ雰囲気になってました、女性たちならではの設えですね。

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二部の最初はつるたさんとのトーク。何を話したかもう忘れてしまったけれど、秦琴という楽器を見るのも初めての人が多かったので、楽器を持ち上げながらの解説。

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遺影にしたいようないい感じの写真。

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以下、プログラムと、プログラムに載せた演奏曲目の解説。一曲150文字以内の制約のなかで。

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1)    沙羅の糸

「月調」という調弦で奏でられるこの曲は私が秦琴を弾き始めた最も初期の時期に作曲した曲です。1988年発売のCD『星の大地』に収録されていますが、「沙羅の糸」という曲名は人の「縁」の繋がりを糸に喩えたものです。羅網のように張り巡らされた目に見えぬ縁の糸に運ばれ、皆様の命と私の命とが今ここで出会っているのです。

2)    荒城の月〜宵待草

明治12年に生まれ、24才で亡くなった滝廉太郎作曲の「荒城の月」。皆さんご存知の曲ですね。ただ原曲の「荒城の月」は皆さんが覚えているメロディーとは一箇所異なる所があります。今回は原曲のメロディーを演奏します。続いて「宵待草」、作曲は多忠亮(おおのただすけ)、この曲も竹下夢二の作詞で皆さんよくご存知と思います。

3)    即興・蓮華燈籠(海神別荘より)

坂東玉三郎さん演出・主演の「海神別荘:(泉鏡花原作)」が日生劇場で公演され、音楽を担当しました。この曲はその劇中曲の一つで、海に流された蓮華燈籠が波の間に間に漂う情景を表現したものです。つるた聰子さんによってそのイメージは昇華され、この世の美しい輝きを表現した「その日の朝」という作品になりました。

4)    山百合一輪川に流せば

命あるものが出会えば必ず別れがあり、悲しみがあります。人はその約束された悲しみを心に内包しながら生きているのかも知れません。歌詞の中の「花散れば行方知れず」という言葉はつるたさんの作品にもなっています。人の心の奥底に眠る慈悲心は、大いなる喜びにもなり、深い悲しみにもなります。そんな心を歌った曲です。


2nd
* つるたさんとトーク

1)     星の大地

今空を見上げれば、遥か宇宙には無数の星々がちらばり、この地球の何処に居ようともそこはまさに「星の大地」なのです。そして全ての命はその母なる地球で消滅と再生を繰り返しています。つるた聰子さんの作品「天空の玻璃」はそんな森羅万象の命の愛おしさが布の美しさを思う心に重なり名付けられました。

2)    月氏幻想―セレスの見た夢

紀元前3世紀頃、シルクロードの交易を担っていたのは遊牧民族の月氏(げっし)と云われた人々でした。彼らが手に入れた絹は遥かローマにまでもたらされ、当時、西方の人々は彼らのことを「絹の生産者」を意味する「セレス(seres)」とも呼んでいました。その月氏の人達が灼熱の砂漠を旅するイメージを曲にしてみました。

3)    空華(くうげ)

一瞬のうちに変容してしまう幻のようなこの世の姿。しかしその幻こそが現実の実相なのかもしれません。「時の流れの雪のような、この現世(うつしよ)の夢のひととき、何処かに流れて消えてしまうか」と歌うこの曲を、道元の仏教思想書『正法眼蔵』第14「空華」から取ってその題名としました。

25日の「コタン」ライブ、無事終了、無事終了といっても7月は酷暑、こんどは雨の日、またまた数人の貸し切り状態になってしまった、ああ〜、ビデオは編集できたら後日アップしよう。

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25日の「コタン」ライブ、無事終了、無事終了といっても7月は酷暑、こんどは雨の日、またまた数人の貸し切り状態になってしまった、ああ〜、ビデオは編集できたら後日アップしよう。

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25日の「コタン」ライブ、無事終了、無事終了といっても7月は酷暑、こんどは雨の日、またまた数人の貸し切り状態になってしまった、ああ〜、ビデオは編集できたら後日アップしよう。

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いよいよ明後日は、東京・町田駅前ビル「パリオ」コンサート。キルトアート作家・つるた聰子さんの展覧会でのオープニングコンサート。お近くの方は是非足をお運び下さい。

スケジュールへ→ http://akifukakusa.com/2018/07/post-76.html

詳しくはこちら→ http://www.pario-machida.com/topics/event/3983

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いよいよ明後日は、東京・町田駅前ビル「パリオ」コンサート。キルトアート作家・つるた聰子さんの展覧会でのオープニングコンサート。お近くの方は是非足をお運び下さい。

スケジュールへ→ http://akifukakusa.com/2018/07/post-76.html

詳しくはこちら→ http://www.pario-machida.com/topics/event/3983

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いよいよ明後日は、東京・町田駅前ビル「パリオ」コンサート。キルトアート作家・つるた聰子さんの展覧会でのオープニングコンサート。お近くの方は是非足をお運び下さい。

スケジュールへ→ http://akifukakusa.com/2018/07/post-76.html

詳しくはこちら→ http://www.pario-machida.com/topics/event/3983

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プーチン発言に対する安倍首相の態度に思ったこと。

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ーーーーーーーーーーー写真 MAGA2NEWSより

露呈してしまった、なんと度胸、度量のない、能力の低い、外交の能力の低い、弱いリダーなのだ。ニヤニヤ黙りこくってないでなんでやり返さない、「素晴らしい提案だ、ただ私たちは北方領土返還は、前提ではなくて、平和条約と同意義語だか、それが判ってもらえたら今すぐここででも締結しましょう」とかなんとか、「前提とは何ですか、、」とか、ジョーク的でもいいからなんでやり返さない。

こういうとっさの時の態度が、政治家の度量でもあり、ある意味の才能でもあり、能力でもあり魅力でもあるのだ。その前までとつとつと喋っていたのではないか、拍手まで求めて格好をつけてたのではないか、台本がないと何も言葉に出ないのか。政治家として本当に北方領土返還に向き合っていれば、何がしらの言葉が出るものだ、真剣に向き合っていれば必ず言葉は出るのだ。なんでやり返さない。

トランプだったら10倍も返しているだろうし、オバマだつたら粋なことを言っただろうよ、メルケルもマクロンもメイも文も習もエルドアンも黙ってはいない。

やり返す事も出来ない格好ばかりつけているなんと弱いリーダーなのだ。これが日本のリーダーなのか、彼はほんとに日の丸を背負っているのか、これが国の命運をかけた交渉なら敗北している。

言い返すことも出来ない弱く、能力の低いリーダーが国の行く末にかかわる憲法改正をしようとしている、それを見過ごそうとしている国民。世界の日本人全体を見る目まで変わってしまうのではないかと、本気で思ってしまう。

プーチン発言に対する安倍首相の態度に思ったこと。

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ーーーーーーーーーーー写真 MAGA2NEWSより

露呈してしまった、なんと度胸、度量のない、能力の低い、外交の能力の低い、弱いリダーなのだ。ニヤニヤ黙りこくってないでなんでやり返さない、「素晴らしい提案だ、ただ私たちは北方領土返還は、前提ではなくて、平和条約と同意義語だか、それが判ってもらえたら今すぐここででも締結しましょう」とかなんとか、「前提とは何ですか、、」とか、ジョーク的でもいいからなんでやり返さない。

こういうとっさの時の態度が、政治家の度量でもあり、ある意味の才能でもあり、能力でもあり魅力でもあるのだ。その前までとつとつと喋っていたのではないか、拍手まで求めて格好をつけてたのではないか、台本がないと何も言葉に出ないのか。政治家として本当に北方領土返還に向き合っていれば、何がしらの言葉が出るものだ、真剣に向き合っていれば必ず言葉は出るのだ。なんでやり返さない。

トランプだったら10倍も返しているだろうし、オバマだつたら粋なことを言っただろうよ、メルケルもマクロンもメイも文も習もエルドアンも黙ってはいない。

やり返す事も出来ない格好ばかりつけているなんと弱いリーダーなのだ。これが日本のリーダーなのか、彼はほんとに日の丸を背負っているのか、これが国の命運をかけた交渉なら敗北している。

言い返すことも出来ない弱く、能力の低いリーダーが国の行く末にかかわる憲法改正をしようとしている、それを見過ごそうとしている国民。世界の日本人全体を見る目まで変わってしまうのではないかと、本気で思ってしまう。

プーチン発言に対する安倍首相の態度に思ったこと。

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ーーーーーーーーーーー写真 MAGA2NEWSより

露呈してしまった、なんと度胸、度量のない、能力の低い、外交の能力の低い、弱いリダーなのだ。ニヤニヤ黙りこくってないでなんでやり返さない、「素晴らしい提案だ、ただ私たちは北方領土返還は、前提ではなくて、平和条約と同意義語だか、それが判ってもらえたら今すぐここででも締結しましょう」とかなんとか、「前提とは何ですか、、」とか、ジョーク的でもいいからなんでやり返さない。

こういうとっさの時の態度が、政治家の度量でもあり、ある意味の才能でもあり、能力でもあり魅力でもあるのだ。その前までとつとつと喋っていたのではないか、拍手まで求めて格好をつけてたのではないか、台本がないと何も言葉に出ないのか。政治家として本当に北方領土返還に向き合っていれば、何がしらの言葉が出るものだ、真剣に向き合っていれば必ず言葉は出るのだ。なんでやり返さない。

トランプだったら10倍も返しているだろうし、オバマだつたら粋なことを言っただろうよ、メルケルもマクロンもメイも文も習もエルドアンも黙ってはいない。

やり返す事も出来ない格好ばかりつけているなんと弱いリーダーなのだ。これが日本のリーダーなのか、彼はほんとに日の丸を背負っているのか、これが国の命運をかけた交渉なら敗北している。

言い返すことも出来ない弱く、能力の低いリーダーが国の行く末にかかわる憲法改正をしようとしている、それを見過ごそうとしている国民。世界の日本人全体を見る目まで変わってしまうのではないかと、本気で思ってしまう。

9月11日、今日の朝日の「ニューススティーション」ちょっとおかしいぞ。福島第一原子力発電所で貯まり続ける「トリチウム水」の海洋放出について、「トリチウム水」の認知度や風評被害の問題ばかり云っていたが、そうではなくて、実際にはトリチウム以外の他の放射性物質の基準超過が年に60回以上もおきており、それを国と東電がきちんと正直に漁協、あるいは国民に伝えてないことが問題なのだ。

安倍首相の決断だとか最終決定は東電だとか云っていたけれど、このまま基準値以下の「トリチウム水」だから問題はない、とか云って基準超過の他の放射性物質に汚染されたことを隠蔽して数十年も海洋放出したら、これはもう福島だけではなくて日本の海の問題にもなり、国際問題にもなるだろう。

普通に考えたらこんなバカなことはしないはずだけれど、今までの安倍首相や国や東電をみているとその馬鹿なことをしないととても思えない。

このことの基本的なことは以下のサイトで。 https://hbol.jp/174094

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9月11日、今日の朝日の「ニューススティーション」ちょっとおかしいぞ。福島第一原子力発電所で貯まり続ける「トリチウム水」の海洋放出について、「トリチウム水」の認知度や風評被害の問題ばかり云っていたが、そうではなくて、実際にはトリチウム以外の他の放射性物質の基準超過が年に60回以上もおきており、それを国と東電がきちんと正直に漁協、あるいは国民に伝えてないことが問題なのだ。

安倍首相の決断だとか最終決定は東電だとか云っていたけれど、このまま基準値以下の「トリチウム水」だから問題はない、とか云って基準超過の他の放射性物質に汚染されたことを隠蔽して数十年も海洋放出したら、これはもう福島だけではなくて日本の海の問題にもなり、国際問題にもなるだろう。

普通に考えたらこんなバカなことはしないはずだけれど、今までの安倍首相や国や東電をみているとその馬鹿なことをしないととても思えない。

このことの基本的なことは以下のサイトで。 https://hbol.jp/174094

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9月11日、今日の朝日の「ニューススティーション」ちょっとおかしいぞ。福島第一原子力発電所で貯まり続ける「トリチウム水」の海洋放出について、「トリチウム水」の認知度や風評被害の問題ばかり云っていたが、そうではなくて、実際にはトリチウム以外の他の放射性物質の基準超過が年に60回以上もおきており、それを国と東電がきちんと正直に漁協、あるいは国民に伝えてないことが問題なのだ。

安倍首相の決断だとか最終決定は東電だとか云っていたけれど、このまま基準値以下の「トリチウム水」だから問題はない、とか云って基準超過の他の放射性物質に汚染されたことを隠蔽して数十年も海洋放出したら、これはもう福島だけではなくて日本の海の問題にもなり、国際問題にもなるだろう。

普通に考えたらこんなバカなことはしないはずだけれど、今までの安倍首相や国や東電をみているとその馬鹿なことをしないととても思えない。

このことの基本的なことは以下のサイトで。 https://hbol.jp/174094

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北海道地震は行方不明の方の捜索がまだまだ続いていますが、今回の地震にともなう大停電のことで、「泊原発が動いていれば停電はなかった。今からでもすぐに運転しろ」などと云う意見がネットの中でいわゆるネトウヨ等に多いそうだけれど、その完全な間違いは、以下のサイトをクリックして参照して下さい、ちょっと長い文章がけれど。

https://hbol.jp/174509

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北海道地震は行方不明の方の捜索がまだまだ続いていますが、今回の地震にともなう大停電のことで、「泊原発が動いていれば停電はなかった。今からでもすぐに運転しろ」などと云う意見がネットの中でいわゆるネトウヨ等に多いそうだけれど、その完全な間違いは、以下のサイトをクリックして参照して下さい、ちょっと長い文章がけれど。

https://hbol.jp/174509

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北海道地震は行方不明の方の捜索がまだまだ続いていますが、今回の地震にともなう大停電のことで、「泊原発が動いていれば停電はなかった。今からでもすぐに運転しろ」などと云う意見がネットの中でいわゆるネトウヨ等に多いそうだけれど、その完全な間違いは、以下のサイトをクリックして参照して下さい、ちょっと長い文章がけれど。

https://hbol.jp/174509

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もう三年前になってしまった、代々木上原「ムジカーザ」コンサート。「渭城曲~アリラン~山百合一輪川に流せば」の「中,朝,日」のメドレーという感じかな。ミスタッチもけっこうあるね、この半年後入院騒動になりました。三年って短いのかずっと前なのか、なんかずっと前の出来事のような気がするんだけどね。

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かつて、大陸から日本への文化の伝播は、直接大陸から伝わるものと、朝鮮半島を経て伝わるものと、二つの道すじがありました。どのような伝わり方をしても、中国大陸、朝鮮半島、日本列島、この三者の文化は切っても切れない深いつながりを持っています。日本の邦楽器でいえば、そのほとんどが、中国大陸から伝わったものです。

しかし、その楽器から奏でられる音楽はそれぞれの民族性を色濃く反映し、そのメロディー感覚はおそらく、それぞれの民族のもっている「言語」に大きく影響されていると、私は思っています。私が創り出す秦琴の音楽は、歌が日本語という意味ではなく、日本語で出来ているのです。中国古曲の滑城曲(いじょうきょく)、朝鮮族のアリラン、これらを演奏してもよく聞くと結局全部日本語になっているのです。

秦の都の咸陽(かんよう)は唐代には渭城と呼ばれていました。中国古曲の「渭城曲(いじょうきょく)」は、唐の詩人王維がその渭城で友人である元二(げんじ)との別れを詠った詩に曲がついたもの。詩の題名は「元二の安西に使いするを送る」です。「アリラン」はもちろん朝鮮民歌、「山百合一輪川に流せば」は私の曲。まぁ「日中韓」のメドレーというところですが、僕は文化的には,中国大陸が母、朝鮮半島が兄、日本が弟、そんなふうに思うことがあります。母子・兄弟は争ってはいけない。

 ちなみに「元二の安西に使いするを送る」:王維

渭城朝雨潤輕塵 :渭城の朝雨輕塵をうるおす
客舎青青柳色新 :客舎青青柳色新たなり
勧君更盡一杯酒 :君に勧む更に盡くせ一杯の酒を
西出陽關無故人 :西のかた陽關を出ずれば故人無からん

 

もう三年前になってしまった、代々木上原「ムジカーザ」コンサート。「渭城曲~アリラン~山百合一輪川に流せば」の「中,朝,日」のメドレーという感じかな。ミスタッチもけっこうあるね、この半年後入院騒動になりました。三年って短いのかずっと前なのか、なんかずっと前の出来事のような気がするんだけどね。

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かつて、大陸から日本への文化の伝播は、直接大陸から伝わるものと、朝鮮半島を経て伝わるものと、二つの道すじがありました。どのような伝わり方をしても、中国大陸、朝鮮半島、日本列島、この三者の文化は切っても切れない深いつながりを持っています。日本の邦楽器でいえば、そのほとんどが、中国大陸から伝わったものです。

しかし、その楽器から奏でられる音楽はそれぞれの民族性を色濃く反映し、そのメロディー感覚はおそらく、それぞれの民族のもっている「言語」に大きく影響されていると、私は思っています。私が創り出す秦琴の音楽は、歌が日本語という意味ではなく、日本語で出来ているのです。中国古曲の滑城曲(いじょうきょく)、朝鮮族のアリラン、これらを演奏してもよく聞くと結局全部日本語になっているのです。

秦の都の咸陽(かんよう)は唐代には渭城と呼ばれていました。中国古曲の「渭城曲(いじょうきょく)」は、唐の詩人王維がその渭城で友人である元二(げんじ)との別れを詠った詩に曲がついたもの。詩の題名は「元二の安西に使いするを送る」です。「アリラン」はもちろん朝鮮民歌、「山百合一輪川に流せば」は私の曲。まぁ「日中韓」のメドレーというところですが、僕は文化的には,中国大陸が母、朝鮮半島が兄、日本が弟、そんなふうに思うことがあります。母子・兄弟は争ってはいけない。

 ちなみに「元二の安西に使いするを送る」:王維

渭城朝雨潤輕塵 :渭城の朝雨輕塵をうるおす
客舎青青柳色新 :客舎青青柳色新たなり
勧君更盡一杯酒 :君に勧む更に盡くせ一杯の酒を
西出陽關無故人 :西のかた陽關を出ずれば故人無からん

 

もう三年前になってしまった、代々木上原「ムジカーザ」コンサート。「渭城曲~アリラン~山百合一輪川に流せば」の「中,朝,日」のメドレーという感じかな。ミスタッチもけっこうあるね、この半年後入院騒動になりました。三年って短いのかずっと前なのか、なんかずっと前の出来事のような気がするんだけどね。

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かつて、大陸から日本への文化の伝播は、直接大陸から伝わるものと、朝鮮半島を経て伝わるものと、二つの道すじがありました。どのような伝わり方をしても、中国大陸、朝鮮半島、日本列島、この三者の文化は切っても切れない深いつながりを持っています。日本の邦楽器でいえば、そのほとんどが、中国大陸から伝わったものです。

しかし、その楽器から奏でられる音楽はそれぞれの民族性を色濃く反映し、そのメロディー感覚はおそらく、それぞれの民族のもっている「言語」に大きく影響されていると、私は思っています。私が創り出す秦琴の音楽は、歌が日本語という意味ではなく、日本語で出来ているのです。中国古曲の滑城曲(いじょうきょく)、朝鮮族のアリラン、これらを演奏してもよく聞くと結局全部日本語になっているのです。

秦の都の咸陽(かんよう)は唐代には渭城と呼ばれていました。中国古曲の「渭城曲(いじょうきょく)」は、唐の詩人王維がその渭城で友人である元二(げんじ)との別れを詠った詩に曲がついたもの。詩の題名は「元二の安西に使いするを送る」です。「アリラン」はもちろん朝鮮民歌、「山百合一輪川に流せば」は私の曲。まぁ「日中韓」のメドレーというところですが、僕は文化的には,中国大陸が母、朝鮮半島が兄、日本が弟、そんなふうに思うことがあります。母子・兄弟は争ってはいけない。

 ちなみに「元二の安西に使いするを送る」:王維

渭城朝雨潤輕塵 :渭城の朝雨輕塵をうるおす
客舎青青柳色新 :客舎青青柳色新たなり
勧君更盡一杯酒 :君に勧む更に盡くせ一杯の酒を
西出陽關無故人 :西のかた陽關を出ずれば故人無からん

 

台風21号、大阪程でもないけれど、駐車場の屋根板が吹き飛んだ、隣りの人に随分迷惑をかけました。今度帰った時に謝りにゆきます。10月の教室の日までには修繕しておこう。それにしても木が倒れなくてとりあえずよかった。人にもあたってなくて本当によかった。

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台風21号、大阪程でもないけれど、駐車場の屋根板が吹き飛んだ、隣りの人に随分迷惑をかけました。今度帰った時に謝りにゆきます。10月の教室の日までには修繕しておこう。それにしても木が倒れなくてとりあえずよかった。人にもあたってなくて本当によかった。

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台風21号、大阪程でもないけれど、駐車場の屋根板が吹き飛んだ、隣りの人に随分迷惑をかけました。今度帰った時に謝りにゆきます。10月の教室の日までには修繕しておこう。それにしても木が倒れなくてとりあえずよかった。人にもあたってなくて本当によかった。

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