2013年8月アーカイブ

「瑞陵会」での講演と演奏、無事終えることが出来ました。「瑞陵会」とは、私の母校である名古屋の愛知県立瑞陵高校の同窓会の名称です。瑞陵高校は100年程の歴史がありますが、その全卒業生の同窓会が「瑞陵会」です。その交流会が毎年開催され、毎年様々な分野で活動されている卒業生の講演があります。昨年は、日本ガイシ元会長の松下雋氏が記念講演をされましたが、今年はちょっとかわった毛色の私が担当することになったわけです。音楽を生業とし、「秦琴」なんてかわった楽器を演奏している卒業生がいる、なんてことで声がかかった次第です。演題は「秦琴と私」ですが、私の話を聞いてもあんまり面白くないので、演奏もしましょう、と云うことになり、秦琴演奏家になったいきさつや、楽器のこと等話しながら、4曲ほど演奏しました。

会場となった名古屋のメルパルクホテルです。メルパルクホテルは名前のとおり、日本郵政系のホテルですが、割りと安くてきれいなホテルで、名古屋で演奏のときはよく利用しています。「瑞陵会」は毎年ここで開催されているのです。

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当日のプログラムです。

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講演・演奏は会議室で、交流会は場所を変え大広間で行われます。ホテルの演奏会ってだいたいいつもこんな感じのステージです。

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同期の卒業生も大勢来ていたので、ちょと気恥ずかしかったんですが、なんとか無事に終わりました。持っていったCDも全部売れてしまうほど歓迎され、気恥ずかしい中にもありがたかったでした。皆さんありがとうございました。人生後半の良き思いでになりました。

 

 

「瑞陵会」での講演と演奏、無事終えることが出来ました。「瑞陵会」とは、私の母校である名古屋の愛知県立瑞陵高校の同窓会の名称です。瑞陵高校は100年程の歴史がありますが、その全卒業生の同窓会が「瑞陵会」です。その交流会が毎年開催され、毎年様々な分野で活動されている卒業生の講演があります。昨年は、日本ガイシ元会長の松下雋氏が記念講演をされましたが、今年はちょっとかわった毛色の私が担当することになったわけです。音楽を生業とし、「秦琴」なんてかわった楽器を演奏している卒業生がいる、なんてことで声がかかった次第です。演題は「秦琴と私」ですが、私の話を聞いてもあんまり面白くないので、演奏もしましょう、と云うことになり、秦琴演奏家になったいきさつや、楽器のこと等話しながら、4曲ほど演奏しました。

会場となった名古屋のメルパルクホテルです。メルパルクホテルは名前のとおり、日本郵政系のホテルですが、割りと安くてきれいなホテルで、名古屋で演奏のときはよく利用しています。「瑞陵会」は毎年ここで開催されているのです。

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当日のプログラムです。

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講演・演奏は会議室で、交流会は場所を変え大広間で行われます。ホテルの演奏会ってだいたいいつもこんな感じのステージです。

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同期の卒業生も大勢来ていたので、ちょと気恥ずかしかったんですが、なんとか無事に終わりました。持っていったCDも全部売れてしまうほど歓迎され、気恥ずかしい中にもありがたかったでした。皆さんありがとうございました。人生後半の良き思いでになりました。

 

 

「瑞陵会」での講演と演奏、無事終えることが出来ました。「瑞陵会」とは、私の母校である名古屋の愛知県立瑞陵高校の同窓会の名称です。瑞陵高校は100年程の歴史がありますが、その全卒業生の同窓会が「瑞陵会」です。その交流会が毎年開催され、毎年様々な分野で活動されている卒業生の講演があります。昨年は、日本ガイシ元会長の松下雋氏が記念講演をされましたが、今年はちょっとかわった毛色の私が担当することになったわけです。音楽を生業とし、「秦琴」なんてかわった楽器を演奏している卒業生がいる、なんてことで声がかかった次第です。演題は「秦琴と私」ですが、私の話を聞いてもあんまり面白くないので、演奏もしましょう、と云うことになり、秦琴演奏家になったいきさつや、楽器のこと等話しながら、4曲ほど演奏しました。

会場となった名古屋のメルパルクホテルです。メルパルクホテルは名前のとおり、日本郵政系のホテルですが、割りと安くてきれいなホテルで、名古屋で演奏のときはよく利用しています。「瑞陵会」は毎年ここで開催されているのです。

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当日のプログラムです。

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講演・演奏は会議室で、交流会は場所を変え大広間で行われます。ホテルの演奏会ってだいたいいつもこんな感じのステージです。

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同期の卒業生も大勢来ていたので、ちょと気恥ずかしかったんですが、なんとか無事に終わりました。持っていったCDも全部売れてしまうほど歓迎され、気恥ずかしい中にもありがたかったでした。皆さんありがとうございました。人生後半の良き思いでになりました。

 

 

私の高校時代の親友の父君が描かれた絵日記が、名古屋の戦争資料館に収められました。半年程前にブログでも書きましたが、その父君は十数年程前に亡くなられています。生前にお孫さん達のために自分の半生を何かに残しておこうと思い立たれ、平成二年から、二年余りをかけて絵日記を描かれました。A4の紙を縦にして、上半分が文字で下半分が画の、100ペー ジもあろうかという労作です。その絵日記が名古屋の名東区にある「戦争と平和の資料館・ピース愛知」に収められました。

「戦争と平和の資料館・ピース愛知」は名古屋の名東区にある、三階建てのこじんまりした建物ですが、さまざまな経過をたどり、2007年の5月にオープンしました。そのいきさつはこちらをご覧下さい。http://www.peace-aichi.com/npo-aichi.htm

昭和24年生まれの私達の世代は、小学校のころはまだまだ戦争の匂いがマンガなどに残っていました。そんな私達でも気付かぬうちにどんどん戦争は風化して行きます。過去にどんなことが起こり、今の平和があるのか、その歴史を忘れないようにするためにもこういった施設は大切です。

絵日記のブログはこちらです。http://akifukakusa.com/blog2/2013/01/post-95.html

 

 


私の高校時代の親友の父君が描かれた絵日記が、名古屋の戦争資料館に収められました。半年程前にブログでも書きましたが、その父君は十数年程前に亡くなられています。生前にお孫さん達のために自分の半生を何かに残しておこうと思い立たれ、平成二年から、二年余りをかけて絵日記を描かれました。A4の紙を縦にして、上半分が文字で下半分が画の、100ペー ジもあろうかという労作です。その絵日記が名古屋の名東区にある「戦争と平和の資料館・ピース愛知」に収められました。

「戦争と平和の資料館・ピース愛知」は名古屋の名東区にある、三階建てのこじんまりした建物ですが、さまざまな経過をたどり、2007年の5月にオープンしました。そのいきさつはこちらをご覧下さい。http://www.peace-aichi.com/npo-aichi.htm

昭和24年生まれの私達の世代は、小学校のころはまだまだ戦争の匂いがマンガなどに残っていました。そんな私達でも気付かぬうちにどんどん戦争は風化して行きます。過去にどんなことが起こり、今の平和があるのか、その歴史を忘れないようにするためにもこういった施設は大切です。

絵日記のブログはこちらです。http://akifukakusa.com/blog2/2013/01/post-95.html

 

 


私の高校時代の親友の父君が描かれた絵日記が、名古屋の戦争資料館に収められました。半年程前にブログでも書きましたが、その父君は十数年程前に亡くなられています。生前にお孫さん達のために自分の半生を何かに残しておこうと思い立たれ、平成二年から、二年余りをかけて絵日記を描かれました。A4の紙を縦にして、上半分が文字で下半分が画の、100ペー ジもあろうかという労作です。その絵日記が名古屋の名東区にある「戦争と平和の資料館・ピース愛知」に収められました。

「戦争と平和の資料館・ピース愛知」は名古屋の名東区にある、三階建てのこじんまりした建物ですが、さまざまな経過をたどり、2007年の5月にオープンしました。そのいきさつはこちらをご覧下さい。http://www.peace-aichi.com/npo-aichi.htm

昭和24年生まれの私達の世代は、小学校のころはまだまだ戦争の匂いがマンガなどに残っていました。そんな私達でも気付かぬうちにどんどん戦争は風化して行きます。過去にどんなことが起こり、今の平和があるのか、その歴史を忘れないようにするためにもこういった施設は大切です。

絵日記のブログはこちらです。http://akifukakusa.com/blog2/2013/01/post-95.html

 

 


コロムビアレコードの傘下に入り、虎ノ門のビルに引っ越したオーマガトキレコードに初めて行ってきました。東京・荻窪の新星堂ビルにあったときとは違って、入り口に受付があるのでちょっと気軽に入れないような感じですね。オーマガトキの皆さんはまだ慣れない仕事場ながら、元気で仕事に取り組んでいました。

私は今回の新譜の打ち合わせでしたが、9月に入ってからのミキシングとマスタリングの日程の確認です。ミキシング(レコーディングしたそれぞれの楽器の音をバランスをとりながらまとめること)は先日のスタジオマークで行いますが、マスタリングを何処にしようかということになり、いろいろ候補がありましたが、代官山にあるビクタークリエイティブメディア代官山スタジオで行うことになりました。今回お願いするマスタリングエンジニアの原田さんは日本でも指折りのエンジニアさんです。9月からのミキシング、そしてマスタリング、これからちょっとまた大変ですが、楽しみでもあります。

写真は原田光晴さんのホームページ「HARADA'S ROOM」から借用しました。 *「HARADA'S ROOM」へ

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レコーディングされた音の最終調整を行うマスタリングは現在のCD制作の過程ではとても重要な作業です。全体の音の大きさを整え、それぞれの曲の音質を整えて、耳に心地良いいい音でありながら、尚、音の抜けがよく、一聴して、あっ、いい感じの音ですねぇ、と云うように仕上げて行くのです。今回お願いする原田さんは、上記したように日本でも指折りの優秀なマスタリングエンジニアさんで、ホームページの「HARADA'S ROOM」を見てもらえばわかるのですが35年程のキャリアの中でいろいろなミュージシャンを手がけてみえます。

 

コロムビアレコードの傘下に入り、虎ノ門のビルに引っ越したオーマガトキレコードに初めて行ってきました。東京・荻窪の新星堂ビルにあったときとは違って、入り口に受付があるのでちょっと気軽に入れないような感じですね。オーマガトキの皆さんはまだ慣れない仕事場ながら、元気で仕事に取り組んでいました。

私は今回の新譜の打ち合わせでしたが、9月に入ってからのミキシングとマスタリングの日程の確認です。ミキシング(レコーディングしたそれぞれの楽器の音をバランスをとりながらまとめること)は先日のスタジオマークで行いますが、マスタリングを何処にしようかということになり、いろいろ候補がありましたが、代官山にあるビクタークリエイティブメディア代官山スタジオで行うことになりました。今回お願いするマスタリングエンジニアの原田さんは日本でも指折りのエンジニアさんです。9月からのミキシング、そしてマスタリング、これからちょっとまた大変ですが、楽しみでもあります。

写真は原田光晴さんのホームページ「HARADA'S ROOM」から借用しました。 *「HARADA'S ROOM」へ

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レコーディングされた音の最終調整を行うマスタリングは現在のCD制作の過程ではとても重要な作業です。全体の音の大きさを整え、それぞれの曲の音質を整えて、耳に心地良いいい音でありながら、尚、音の抜けがよく、一聴して、あっ、いい感じの音ですねぇ、と云うように仕上げて行くのです。今回お願いする原田さんは、上記したように日本でも指折りの優秀なマスタリングエンジニアさんで、ホームページの「HARADA'S ROOM」を見てもらえばわかるのですが35年程のキャリアの中でいろいろなミュージシャンを手がけてみえます。

 

コロムビアレコードの傘下に入り、虎ノ門のビルに引っ越したオーマガトキレコードに初めて行ってきました。東京・荻窪の新星堂ビルにあったときとは違って、入り口に受付があるのでちょっと気軽に入れないような感じですね。オーマガトキの皆さんはまだ慣れない仕事場ながら、元気で仕事に取り組んでいました。

私は今回の新譜の打ち合わせでしたが、9月に入ってからのミキシングとマスタリングの日程の確認です。ミキシング(レコーディングしたそれぞれの楽器の音をバランスをとりながらまとめること)は先日のスタジオマークで行いますが、マスタリングを何処にしようかということになり、いろいろ候補がありましたが、代官山にあるビクタークリエイティブメディア代官山スタジオで行うことになりました。今回お願いするマスタリングエンジニアの原田さんは日本でも指折りのエンジニアさんです。9月からのミキシング、そしてマスタリング、これからちょっとまた大変ですが、楽しみでもあります。

写真は原田光晴さんのホームページ「HARADA'S ROOM」から借用しました。 *「HARADA'S ROOM」へ

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レコーディングされた音の最終調整を行うマスタリングは現在のCD制作の過程ではとても重要な作業です。全体の音の大きさを整え、それぞれの曲の音質を整えて、耳に心地良いいい音でありながら、尚、音の抜けがよく、一聴して、あっ、いい感じの音ですねぇ、と云うように仕上げて行くのです。今回お願いする原田さんは、上記したように日本でも指折りの優秀なマスタリングエンジニアさんで、ホームページの「HARADA'S ROOM」を見てもらえばわかるのですが35年程のキャリアの中でいろいろなミュージシャンを手がけてみえます。

 

ここのところ、麻生副総理のナチス発言が世間を騒がせている。その発言自体はまったくの論外だが、それについて、コメンテイターのデイブスペクターさんがテレビで、「麻生さんには、映画の『シンドラーのリスト』を見てもらいたいですね」とか批判されていたようですが、いやいや、違いますよ、麻生副総理に見てもらいたいのは、『シンドラーのリスト』ではなくて『ショアー』や『夜と霧』ですよ。

映画『SHOAH ショアー』、クロード・ランズマン監督(1976‐1985)。上映時間は9時間30分、製作には1974年から11年の歳月を費やしている。ユダヤ人絶滅政策(ホロコースト)に関わった人々へのインタビュー集の形をとっているが、まったくのドキュメンタリーではない。日本での公開は1995年、東京日仏学院で行われたそうだが、私は随分前にNHKで放送されているのを見た。9時間30分の全編を見たわけでないと記憶しているが、その強烈な印象や聞き覚えのない『ショアー』という題名が、ホロコーストやアウシュビッツという言葉が人びとの口に上る度に記憶の底からフワリと浮かんで来る。

たしか、最後は、走っている列車から線路を撮ったシーンがずーっと続いて終ったように記憶している。その線路は収容所に続いているかのように・・・。口ではあまりうまく言い表せないので、なにかの機会に一度部分的にでも見られんことを。

ホロコーストという言葉は、古代ユダヤ教の祭事で神前に供える犠牲という意味なので、これを用いず、ヘブライ語で ”絶滅や災厄” を意味するショア (השואה) を用いたそうである。

その他に、実際の映像的ドキュメンタリーの、アラン・レネ監督の『夜と霧』(55年)があるが、どちらも一度見たらナチズムにとどまらず、人間という動物そのものの所業について深く考えさせられる。そして、そのことをどのように考えとらえるかは、一人一人の人間の人間力と感性に関わり、また、問われることにもなる。麻生副総理のようにナチスを引き合いに出すことなど決して起こりえないのである。

 

 

ここのところ、麻生副総理のナチス発言が世間を騒がせている。その発言自体はまったくの論外だが、それについて、コメンテイターのデイブスペクターさんがテレビで、「麻生さんには、映画の『シンドラーのリスト』を見てもらいたいですね」とか批判されていたようですが、いやいや、違いますよ、麻生副総理に見てもらいたいのは、『シンドラーのリスト』ではなくて『ショアー』や『夜と霧』ですよ。

映画『SHOAH ショアー』、クロード・ランズマン監督(1976‐1985)。上映時間は9時間30分、製作には1974年から11年の歳月を費やしている。ユダヤ人絶滅政策(ホロコースト)に関わった人々へのインタビュー集の形をとっているが、まったくのドキュメンタリーではない。日本での公開は1995年、東京日仏学院で行われたそうだが、私は随分前にNHKで放送されているのを見た。9時間30分の全編を見たわけでないと記憶しているが、その強烈な印象や聞き覚えのない『ショアー』という題名が、ホロコーストやアウシュビッツという言葉が人びとの口に上る度に記憶の底からフワリと浮かんで来る。

たしか、最後は、走っている列車から線路を撮ったシーンがずーっと続いて終ったように記憶している。その線路は収容所に続いているかのように・・・。口ではあまりうまく言い表せないので、なにかの機会に一度部分的にでも見られんことを。

ホロコーストという言葉は、古代ユダヤ教の祭事で神前に供える犠牲という意味なので、これを用いず、ヘブライ語で ”絶滅や災厄” を意味するショア (השואה) を用いたそうである。

その他に、実際の映像的ドキュメンタリーの、アラン・レネ監督の『夜と霧』(55年)があるが、どちらも一度見たらナチズムにとどまらず、人間という動物そのものの所業について深く考えさせられる。そして、そのことをどのように考えとらえるかは、一人一人の人間の人間力と感性に関わり、また、問われることにもなる。麻生副総理のようにナチスを引き合いに出すことなど決して起こりえないのである。

 

 

ここのところ、麻生副総理のナチス発言が世間を騒がせている。その発言自体はまったくの論外だが、それについて、コメンテイターのデイブスペクターさんがテレビで、「麻生さんには、映画の『シンドラーのリスト』を見てもらいたいですね」とか批判されていたようですが、いやいや、違いますよ、麻生副総理に見てもらいたいのは、『シンドラーのリスト』ではなくて『ショアー』や『夜と霧』ですよ。

映画『SHOAH ショアー』、クロード・ランズマン監督(1976‐1985)。上映時間は9時間30分、製作には1974年から11年の歳月を費やしている。ユダヤ人絶滅政策(ホロコースト)に関わった人々へのインタビュー集の形をとっているが、まったくのドキュメンタリーではない。日本での公開は1995年、東京日仏学院で行われたそうだが、私は随分前にNHKで放送されているのを見た。9時間30分の全編を見たわけでないと記憶しているが、その強烈な印象や聞き覚えのない『ショアー』という題名が、ホロコーストやアウシュビッツという言葉が人びとの口に上る度に記憶の底からフワリと浮かんで来る。

たしか、最後は、走っている列車から線路を撮ったシーンがずーっと続いて終ったように記憶している。その線路は収容所に続いているかのように・・・。口ではあまりうまく言い表せないので、なにかの機会に一度部分的にでも見られんことを。

ホロコーストという言葉は、古代ユダヤ教の祭事で神前に供える犠牲という意味なので、これを用いず、ヘブライ語で ”絶滅や災厄” を意味するショア (השואה) を用いたそうである。

その他に、実際の映像的ドキュメンタリーの、アラン・レネ監督の『夜と霧』(55年)があるが、どちらも一度見たらナチズムにとどまらず、人間という動物そのものの所業について深く考えさせられる。そして、そのことをどのように考えとらえるかは、一人一人の人間の人間力と感性に関わり、また、問われることにもなる。麻生副総理のようにナチスを引き合いに出すことなど決して起こりえないのである。

 

 

7月の末から始まった後半のレコーディングが無事終了しました。期日内に全曲録り終えることが出来るかどうか多少不安がありましたが、なんとか予定通りに終えることが出来ました。渡辺さん(キーボード、アレンジ)、西岡さん(エンジニア)福田くん(スタッフ)、オーマガトキレコードの野村さん、中川さん、参加ミュージシャンの皆さん、お疲れ様でした〜。ありがとうございました。スタジオマークの峯岸さんありがとうございました。これからまだ、ミックスとマスタリングの作業がありますが、とりあえず一息つきました。

東京の小田急線・唐木田駅近くのスタジオマーク。

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前半のレコーディングはかなり珍しい楽器もありましたね。(http://akifukakusa.com/blog2/2013/06/post-116.html ブログ参照)後半のミュージシャンを紹介しましょう。

マニピュレーターの栗山さん。マニピュレーターとは、シンセサイザーの音源を提供する仕事です。彼の持ち込みの機器のなかにデジタル処理されたさまざまな音が入っていて、こちらからのリクエストに応えて色々な音を提供してくれるのです。サウンド作りにはとても重要な作業ですが、最近はシンセのミュージシャンは自分で音を作るので、マニピュレーター専門という人は少なくなりました。貴重な人材です。

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ヴィオラの真部(まなべ)さん。彼はバイオリンが専門なのですが、今回のCDはバイオリンではなくヴィオラを弾いてもらいました。バイオリンより低くくて落ち着いた感じの音です。真部さんはスタジオの仕事も多く、一曲でしたのであっという間に終ってしまいました。

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ファゴットの武井さん。武井さんは「読売交響楽団」に所属されています。ファゴットを間近で見るのは初めてでしたが、木管系の低くて柔らかい音です。考えていたより柔らかい音でした。もちろんレコーディングで使うのは初めてです。いい感じで録れました。

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前半のレコーディングにも参加してもらった和田さんです。なんか壺みたいなもの待ってますね、ウドゥという楽器です。横に穴があいていて、穴を手のひらでふさぐように叩くと、ボゥム ボゥムという低い音が出ます。

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これは和田さんが叩く、レクという楽器。まぁタンバリンですね。西アジアで使用される打楽器です。

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後半のウッドベースは佐藤慎一さん、ジャズ畑のミュージシャンです。慶應の後輩でした。もちろんふた回り位歳が違いますよ。

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バンドネオンの早川純さん。二曲弾いてもらいました。私の音楽はもちろんタンゴではないですが、不思議なサウンドの曲になりました。ファゴットもそうですが、秦琴とバンドネオン、って、かなりユニークな取り合わせですよ。

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左から、早川さん、私、アレンジの渡辺さん。今回は今までとは一味も二味も違うサウンドになっています。全体的には深草アキサウンドになってしまうのですが、聞きやすいメロディーの曲が多く、渡辺さんのアレンジが随所に光っています。

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エンジニアの西岡さん。デジタル機器を駆使し、コンピューターを使いこなしてレコーディングです。今はこのようなデジタルスタジオがおおくなりました。ちょっと写真ボケちゃいましたね(笑)

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こんな感じで、秦琴を録っています。見た感じわかりませんが、マイクが8本立っています。いろんな響きを録って混ぜ合わせて音を作ります。

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笛の横田年昭さんにも、はるばる伊豆の稲取から来てもらいました。ひょっとしたら横田さんと会うのも十数年振りかも知れません。そんなことはぜんぜん感じませんでした。

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とにかく、なんとか予定通りに行きました。次は9月の初旬に、ミックス、又はトラックダウンとも云って、録り終えた様々な音を、一曲ずつ音の大きさのバランスをとって、ステレオにまとめあげる作業です。

 

 

 

7月の末から始まった後半のレコーディングが無事終了しました。期日内に全曲録り終えることが出来るかどうか多少不安がありましたが、なんとか予定通りに終えることが出来ました。渡辺さん(キーボード、アレンジ)、西岡さん(エンジニア)福田くん(スタッフ)、オーマガトキレコードの野村さん、中川さん、参加ミュージシャンの皆さん、お疲れ様でした〜。ありがとうございました。スタジオマークの峯岸さんありがとうございました。これからまだ、ミックスとマスタリングの作業がありますが、とりあえず一息つきました。

東京の小田急線・唐木田駅近くのスタジオマーク。

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前半のレコーディングはかなり珍しい楽器もありましたね。(http://akifukakusa.com/blog2/2013/06/post-116.html ブログ参照)後半のミュージシャンを紹介しましょう。

マニピュレーターの栗山さん。マニピュレーターとは、シンセサイザーの音源を提供する仕事です。彼の持ち込みの機器のなかにデジタル処理されたさまざまな音が入っていて、こちらからのリクエストに応えて色々な音を提供してくれるのです。サウンド作りにはとても重要な作業ですが、最近はシンセのミュージシャンは自分で音を作るので、マニピュレーター専門という人は少なくなりました。貴重な人材です。

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ヴィオラの真部(まなべ)さん。彼はバイオリンが専門なのですが、今回のCDはバイオリンではなくヴィオラを弾いてもらいました。バイオリンより低くくて落ち着いた感じの音です。真部さんはスタジオの仕事も多く、一曲でしたのであっという間に終ってしまいました。

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ファゴットの武井さん。武井さんは「読売交響楽団」に所属されています。ファゴットを間近で見るのは初めてでしたが、木管系の低くて柔らかい音です。考えていたより柔らかい音でした。もちろんレコーディングで使うのは初めてです。いい感じで録れました。

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前半のレコーディングにも参加してもらった和田さんです。なんか壺みたいなもの待ってますね、ウドゥという楽器です。横に穴があいていて、穴を手のひらでふさぐように叩くと、ボゥム ボゥムという低い音が出ます。

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これは和田さんが叩く、レクという楽器。まぁタンバリンですね。西アジアで使用される打楽器です。

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後半のウッドベースは佐藤慎一さん、ジャズ畑のミュージシャンです。慶應の後輩でした。もちろんふた回り位歳が違いますよ。

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バンドネオンの早川純さん。二曲弾いてもらいました。私の音楽はもちろんタンゴではないですが、不思議なサウンドの曲になりました。ファゴットもそうですが、秦琴とバンドネオン、って、かなりユニークな取り合わせですよ。

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左から、早川さん、私、アレンジの渡辺さん。今回は今までとは一味も二味も違うサウンドになっています。全体的には深草アキサウンドになってしまうのですが、聞きやすいメロディーの曲が多く、渡辺さんのアレンジが随所に光っています。

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エンジニアの西岡さん。デジタル機器を駆使し、コンピューターを使いこなしてレコーディングです。今はこのようなデジタルスタジオがおおくなりました。ちょっと写真ボケちゃいましたね(笑)

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こんな感じで、秦琴を録っています。見た感じわかりませんが、マイクが8本立っています。いろんな響きを録って混ぜ合わせて音を作ります。

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笛の横田年昭さんにも、はるばる伊豆の稲取から来てもらいました。ひょっとしたら横田さんと会うのも十数年振りかも知れません。そんなことはぜんぜん感じませんでした。

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とにかく、なんとか予定通りに行きました。次は9月の初旬に、ミックス、又はトラックダウンとも云って、録り終えた様々な音を、一曲ずつ音の大きさのバランスをとって、ステレオにまとめあげる作業です。

 

 

 

7月の末から始まった後半のレコーディングが無事終了しました。期日内に全曲録り終えることが出来るかどうか多少不安がありましたが、なんとか予定通りに終えることが出来ました。渡辺さん(キーボード、アレンジ)、西岡さん(エンジニア)福田くん(スタッフ)、オーマガトキレコードの野村さん、中川さん、参加ミュージシャンの皆さん、お疲れ様でした〜。ありがとうございました。スタジオマークの峯岸さんありがとうございました。これからまだ、ミックスとマスタリングの作業がありますが、とりあえず一息つきました。

東京の小田急線・唐木田駅近くのスタジオマーク。

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前半のレコーディングはかなり珍しい楽器もありましたね。(http://akifukakusa.com/blog2/2013/06/post-116.html ブログ参照)後半のミュージシャンを紹介しましょう。

マニピュレーターの栗山さん。マニピュレーターとは、シンセサイザーの音源を提供する仕事です。彼の持ち込みの機器のなかにデジタル処理されたさまざまな音が入っていて、こちらからのリクエストに応えて色々な音を提供してくれるのです。サウンド作りにはとても重要な作業ですが、最近はシンセのミュージシャンは自分で音を作るので、マニピュレーター専門という人は少なくなりました。貴重な人材です。

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ヴィオラの真部(まなべ)さん。彼はバイオリンが専門なのですが、今回のCDはバイオリンではなくヴィオラを弾いてもらいました。バイオリンより低くくて落ち着いた感じの音です。真部さんはスタジオの仕事も多く、一曲でしたのであっという間に終ってしまいました。

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ファゴットの武井さん。武井さんは「読売交響楽団」に所属されています。ファゴットを間近で見るのは初めてでしたが、木管系の低くて柔らかい音です。考えていたより柔らかい音でした。もちろんレコーディングで使うのは初めてです。いい感じで録れました。

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前半のレコーディングにも参加してもらった和田さんです。なんか壺みたいなもの待ってますね、ウドゥという楽器です。横に穴があいていて、穴を手のひらでふさぐように叩くと、ボゥム ボゥムという低い音が出ます。

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これは和田さんが叩く、レクという楽器。まぁタンバリンですね。西アジアで使用される打楽器です。

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後半のウッドベースは佐藤慎一さん、ジャズ畑のミュージシャンです。慶應の後輩でした。もちろんふた回り位歳が違いますよ。

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バンドネオンの早川純さん。二曲弾いてもらいました。私の音楽はもちろんタンゴではないですが、不思議なサウンドの曲になりました。ファゴットもそうですが、秦琴とバンドネオン、って、かなりユニークな取り合わせですよ。

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左から、早川さん、私、アレンジの渡辺さん。今回は今までとは一味も二味も違うサウンドになっています。全体的には深草アキサウンドになってしまうのですが、聞きやすいメロディーの曲が多く、渡辺さんのアレンジが随所に光っています。

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エンジニアの西岡さん。デジタル機器を駆使し、コンピューターを使いこなしてレコーディングです。今はこのようなデジタルスタジオがおおくなりました。ちょっと写真ボケちゃいましたね(笑)

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こんな感じで、秦琴を録っています。見た感じわかりませんが、マイクが8本立っています。いろんな響きを録って混ぜ合わせて音を作ります。

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笛の横田年昭さんにも、はるばる伊豆の稲取から来てもらいました。ひょっとしたら横田さんと会うのも十数年振りかも知れません。そんなことはぜんぜん感じませんでした。

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とにかく、なんとか予定通りに行きました。次は9月の初旬に、ミックス、又はトラックダウンとも云って、録り終えた様々な音を、一曲ずつ音の大きさのバランスをとって、ステレオにまとめあげる作業です。

 

 

 

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