2013年7月アーカイブ

「秦琴教坊」の事務局長をしてもらっている野崎氏は、長く出版業界に身をおいていますが、現在は務めていた出版会社を辞め、フリーランスの編集者として活動をしています。その野崎氏がフリーになって初めての本を出版しました。彼を始め、ジャーナリストの江川紹子さん等、複数の著者による執筆で、野崎氏が編著者ということです。『橋下・慰安婦・侵略・安倍』と題して、例の橋下氏の慰安婦発言や安倍総理の侵略否定論に対して、その発言の様々な資料をもとに論評を加えている本です。けっこう過激ですよ。ただバランスをとるために、慰安婦否定論を発言している現代史家の秦郁彦氏の意見も載せてあります。この本を読めば、かなり客観的にことの推移と真意が判りますよ。

第三書館から、定価780+税 です。

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野崎氏とは、20年程前に、画家の故・八木義之介氏を通じて知り合いになったのですが、その八木さんのことも、いつか書きます。八木さんは旅役者の画を描いていました。また、スケッチが得意で「終電車の人びと」と題して、中央線の電車のなかでよく人をスケッチしていました。あのスケッチブックはどうなったんでしょうか?

 

 

「秦琴教坊」の事務局長をしてもらっている野崎氏は、長く出版業界に身をおいていますが、現在は務めていた出版会社を辞め、フリーランスの編集者として活動をしています。その野崎氏がフリーになって初めての本を出版しました。彼を始め、ジャーナリストの江川紹子さん等、複数の著者による執筆で、野崎氏が編著者ということです。『橋下・慰安婦・侵略・安倍』と題して、例の橋下氏の慰安婦発言や安倍総理の侵略否定論に対して、その発言の様々な資料をもとに論評を加えている本です。けっこう過激ですよ。ただバランスをとるために、慰安婦否定論を発言している現代史家の秦郁彦氏の意見も載せてあります。この本を読めば、かなり客観的にことの推移と真意が判りますよ。

第三書館から、定価780+税 です。

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野崎氏とは、20年程前に、画家の故・八木義之介氏を通じて知り合いになったのですが、その八木さんのことも、いつか書きます。八木さんは旅役者の画を描いていました。また、スケッチが得意で「終電車の人びと」と題して、中央線の電車のなかでよく人をスケッチしていました。あのスケッチブックはどうなったんでしょうか?

 

 

「秦琴教坊」の事務局長をしてもらっている野崎氏は、長く出版業界に身をおいていますが、現在は務めていた出版会社を辞め、フリーランスの編集者として活動をしています。その野崎氏がフリーになって初めての本を出版しました。彼を始め、ジャーナリストの江川紹子さん等、複数の著者による執筆で、野崎氏が編著者ということです。『橋下・慰安婦・侵略・安倍』と題して、例の橋下氏の慰安婦発言や安倍総理の侵略否定論に対して、その発言の様々な資料をもとに論評を加えている本です。けっこう過激ですよ。ただバランスをとるために、慰安婦否定論を発言している現代史家の秦郁彦氏の意見も載せてあります。この本を読めば、かなり客観的にことの推移と真意が判りますよ。

第三書館から、定価780+税 です。

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野崎氏とは、20年程前に、画家の故・八木義之介氏を通じて知り合いになったのですが、その八木さんのことも、いつか書きます。八木さんは旅役者の画を描いていました。また、スケッチが得意で「終電車の人びと」と題して、中央線の電車のなかでよく人をスケッチしていました。あのスケッチブックはどうなったんでしょうか?

 

 

海村の村上達也村長が茨城県庁で二十四日会見し、引退を表明された記事が、7月25日の東京新聞に載りました。中国の詩人・陶淵明が退官の決意をうたった「帰去来辞」の一節を引用して、まさに『帰りなんいざ、田園まさに荒れなんと す』という心境、と云うことでしたが、その主な一問一答の会見記事のなかに、共感する所があり、取り上げました。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

【震災以降「脱原発」を表明し、社会は変わったと思うか】と云う質問に

「参院選を見ると、表層雪崩のようにどんどん悪い方に行っている気がする。大震災や原発事故を経験して、経済や発展を優先する日本人の価値観が変わり、もっと地に足が着いた社会を目指していくのかと思っていたが、そうなっていない。しかし、原発問題については完全に変わった。参院選では争点にならなかったが、過半数以上の国民が原発廃止を求めているはずだ。」

【脱原発派の先頭で旗を振り続けるつらさを感じたことは】と云う質問に

「私は鈍感だからあまり感じなかった。原発問題は日本の構造的な問題。これを解決しないと、民主化も新しい産業の発生もない。原子力業界は強大な権力集団で、民主主義に反するものだ。福島であれほどの事故を起こしながらも、そういう権力集団があるために方向転換できない。最後は自滅に向かっていくと心配している。日本の将来を考えて、言うべきことは言わなくてはならないと危機感を持っている。今後は憲法問題についても発言していきたい。」
・・・・・・・・

【村長の辞任で脱原発の流れが変わる可能性は】と云う質問に対して

「変わらない、と私は思っている。中央で原発再稼働の動きが急になってきて強い危機感を持つ人たちが増えている。私が辞めることによって変わることはないと確信している。」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

このように書かれていました。私もまた、世の中の価値観が少しでも変わり、もっと地に足が着いた社会になると思い願っていましたが、残念なことに、そのよ うになっているとは思えません。ただ、もしかしたら、深い所でゆっくりと変化していて、徐々に顕在化して来ているのかも知れませんが、いわゆる、村上氏謂うところの民主主義に反する権力集団があまりに強大で、TVをはじめとするマスコミも巻き込み、番組司会者やコメンテイターも一緒になって、問題から眼をそらさせ、震災や原発事故がなかった3年前に引き戻そうとしているように思えてなりません。オリンピックの開催が決まれば、これまた世の中浮かれ切って、原発の終息の先が見えず多くの避難している人達を尻目に、大騒ぎするのが眼に見えるようです。

世の中の所謂、売れている音楽家が作り出している音楽から、そのことが何も聞こえて来ず、その人達の発言にもその片鱗すらありません。同じ音楽家として残念です。もしそのような心があるなら、音楽で大々的に云わなくてもいいけど、なにかインタビューやネットなどでポツリと云ってくれないかなぁ、影響は大きいと思いますよ。いままで無関心だった多くの人が考えるきっかけになると思いますよ。

 

海村の村上達也村長が茨城県庁で二十四日会見し、引退を表明された記事が、7月25日の東京新聞に載りました。中国の詩人・陶淵明が退官の決意をうたった「帰去来辞」の一節を引用して、まさに『帰りなんいざ、田園まさに荒れなんと す』という心境、と云うことでしたが、その主な一問一答の会見記事のなかに、共感する所があり、取り上げました。

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【震災以降「脱原発」を表明し、社会は変わったと思うか】と云う質問に

「参院選を見ると、表層雪崩のようにどんどん悪い方に行っている気がする。大震災や原発事故を経験して、経済や発展を優先する日本人の価値観が変わり、もっと地に足が着いた社会を目指していくのかと思っていたが、そうなっていない。しかし、原発問題については完全に変わった。参院選では争点にならなかったが、過半数以上の国民が原発廃止を求めているはずだ。」

【脱原発派の先頭で旗を振り続けるつらさを感じたことは】と云う質問に

「私は鈍感だからあまり感じなかった。原発問題は日本の構造的な問題。これを解決しないと、民主化も新しい産業の発生もない。原子力業界は強大な権力集団で、民主主義に反するものだ。福島であれほどの事故を起こしながらも、そういう権力集団があるために方向転換できない。最後は自滅に向かっていくと心配している。日本の将来を考えて、言うべきことは言わなくてはならないと危機感を持っている。今後は憲法問題についても発言していきたい。」
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【村長の辞任で脱原発の流れが変わる可能性は】と云う質問に対して

「変わらない、と私は思っている。中央で原発再稼働の動きが急になってきて強い危機感を持つ人たちが増えている。私が辞めることによって変わることはないと確信している。」

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このように書かれていました。私もまた、世の中の価値観が少しでも変わり、もっと地に足が着いた社会になると思い願っていましたが、残念なことに、そのよ うになっているとは思えません。ただ、もしかしたら、深い所でゆっくりと変化していて、徐々に顕在化して来ているのかも知れませんが、いわゆる、村上氏謂うところの民主主義に反する権力集団があまりに強大で、TVをはじめとするマスコミも巻き込み、番組司会者やコメンテイターも一緒になって、問題から眼をそらさせ、震災や原発事故がなかった3年前に引き戻そうとしているように思えてなりません。オリンピックの開催が決まれば、これまた世の中浮かれ切って、原発の終息の先が見えず多くの避難している人達を尻目に、大騒ぎするのが眼に見えるようです。

世の中の所謂、売れている音楽家が作り出している音楽から、そのことが何も聞こえて来ず、その人達の発言にもその片鱗すらありません。同じ音楽家として残念です。もしそのような心があるなら、音楽で大々的に云わなくてもいいけど、なにかインタビューやネットなどでポツリと云ってくれないかなぁ、影響は大きいと思いますよ。いままで無関心だった多くの人が考えるきっかけになると思いますよ。

 

海村の村上達也村長が茨城県庁で二十四日会見し、引退を表明された記事が、7月25日の東京新聞に載りました。中国の詩人・陶淵明が退官の決意をうたった「帰去来辞」の一節を引用して、まさに『帰りなんいざ、田園まさに荒れなんと す』という心境、と云うことでしたが、その主な一問一答の会見記事のなかに、共感する所があり、取り上げました。

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【震災以降「脱原発」を表明し、社会は変わったと思うか】と云う質問に

「参院選を見ると、表層雪崩のようにどんどん悪い方に行っている気がする。大震災や原発事故を経験して、経済や発展を優先する日本人の価値観が変わり、もっと地に足が着いた社会を目指していくのかと思っていたが、そうなっていない。しかし、原発問題については完全に変わった。参院選では争点にならなかったが、過半数以上の国民が原発廃止を求めているはずだ。」

【脱原発派の先頭で旗を振り続けるつらさを感じたことは】と云う質問に

「私は鈍感だからあまり感じなかった。原発問題は日本の構造的な問題。これを解決しないと、民主化も新しい産業の発生もない。原子力業界は強大な権力集団で、民主主義に反するものだ。福島であれほどの事故を起こしながらも、そういう権力集団があるために方向転換できない。最後は自滅に向かっていくと心配している。日本の将来を考えて、言うべきことは言わなくてはならないと危機感を持っている。今後は憲法問題についても発言していきたい。」
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【村長の辞任で脱原発の流れが変わる可能性は】と云う質問に対して

「変わらない、と私は思っている。中央で原発再稼働の動きが急になってきて強い危機感を持つ人たちが増えている。私が辞めることによって変わることはないと確信している。」

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このように書かれていました。私もまた、世の中の価値観が少しでも変わり、もっと地に足が着いた社会になると思い願っていましたが、残念なことに、そのよ うになっているとは思えません。ただ、もしかしたら、深い所でゆっくりと変化していて、徐々に顕在化して来ているのかも知れませんが、いわゆる、村上氏謂うところの民主主義に反する権力集団があまりに強大で、TVをはじめとするマスコミも巻き込み、番組司会者やコメンテイターも一緒になって、問題から眼をそらさせ、震災や原発事故がなかった3年前に引き戻そうとしているように思えてなりません。オリンピックの開催が決まれば、これまた世の中浮かれ切って、原発の終息の先が見えず多くの避難している人達を尻目に、大騒ぎするのが眼に見えるようです。

世の中の所謂、売れている音楽家が作り出している音楽から、そのことが何も聞こえて来ず、その人達の発言にもその片鱗すらありません。同じ音楽家として残念です。もしそのような心があるなら、音楽で大々的に云わなくてもいいけど、なにかインタビューやネットなどでポツリと云ってくれないかなぁ、影響は大きいと思いますよ。いままで無関心だった多くの人が考えるきっかけになると思いますよ。

 

東京・四谷「コタン」ライブ終りました。四谷といえば東京のど真ん中で、地の利はいいですが、一曲で20分も30分も弾きっぱなしと云う演奏のせいか、あまりお客さんが来ないので、せっかくの演奏がまぁもったいないので、いわゆるインターネットの「USTREAM(ユーストリーム)」を使って同時中継をすることを考えています。コタンのライブの日に「USTREAM(ユーストリーム)」のサイトにアクセスしてもらえれば、どこでも、実際の演奏を同時に見ることが出来るようになります。映像はその時間はずっと流しっぱなしですので、皆さんは適当に見たりして下さい。次回の「コタン」ライブの日に実験的に試してみます。詳しくは9月のライブの日が近づいたらまたお知らせします。

ジャンベ:甲斐いつろう 秦琴:深草アキ

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さて今度は、後半のレコーディングに突入です。来年の一月一日に発売の今回の新譜は、シンセ、パーカッションの他に、流水鉦、ウッドベース、笛、笙、チェロ、ヴィオラ、ファゴット、バンドネオンなど、カラフルで斬新な音作りをしています。

 

 


東京・四谷「コタン」ライブ終りました。四谷といえば東京のど真ん中で、地の利はいいですが、一曲で20分も30分も弾きっぱなしと云う演奏のせいか、あまりお客さんが来ないので、せっかくの演奏がまぁもったいないので、いわゆるインターネットの「USTREAM(ユーストリーム)」を使って同時中継をすることを考えています。コタンのライブの日に「USTREAM(ユーストリーム)」のサイトにアクセスしてもらえれば、どこでも、実際の演奏を同時に見ることが出来るようになります。映像はその時間はずっと流しっぱなしですので、皆さんは適当に見たりして下さい。次回の「コタン」ライブの日に実験的に試してみます。詳しくは9月のライブの日が近づいたらまたお知らせします。

ジャンベ:甲斐いつろう 秦琴:深草アキ

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さて今度は、後半のレコーディングに突入です。来年の一月一日に発売の今回の新譜は、シンセ、パーカッションの他に、流水鉦、ウッドベース、笛、笙、チェロ、ヴィオラ、ファゴット、バンドネオンなど、カラフルで斬新な音作りをしています。

 

 


東京・四谷「コタン」ライブ終りました。四谷といえば東京のど真ん中で、地の利はいいですが、一曲で20分も30分も弾きっぱなしと云う演奏のせいか、あまりお客さんが来ないので、せっかくの演奏がまぁもったいないので、いわゆるインターネットの「USTREAM(ユーストリーム)」を使って同時中継をすることを考えています。コタンのライブの日に「USTREAM(ユーストリーム)」のサイトにアクセスしてもらえれば、どこでも、実際の演奏を同時に見ることが出来るようになります。映像はその時間はずっと流しっぱなしですので、皆さんは適当に見たりして下さい。次回の「コタン」ライブの日に実験的に試してみます。詳しくは9月のライブの日が近づいたらまたお知らせします。

ジャンベ:甲斐いつろう 秦琴:深草アキ

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さて今度は、後半のレコーディングに突入です。来年の一月一日に発売の今回の新譜は、シンセ、パーカッションの他に、流水鉦、ウッドベース、笛、笙、チェロ、ヴィオラ、ファゴット、バンドネオンなど、カラフルで斬新な音作りをしています。

 

 


7月15日(海の日)恒例の 伊豆高原「花吹雪」コンサート、無事に終了しました。「花吹雪」のご主人の市川さんはじめスタッフの皆さんの暖かいホスピタリティーで、気持よくコンサートをすることが出来、無事終了しました。ありがとうございました。東京からのスタッフの福田くん、岩間君、おつかれさまでした〜。写真を幾つか載せ、報告したいと思います。

当日のお昼頃到着です。

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緑の森の中の瀟酒なたたずまい。

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渡り廊下でお風呂をはじめ、それぞれの部屋がつながっています。

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紀宮様ご一行が御宿泊されたこともあります。皆さん、是非一度お出かけ下さい、出来れば私のコンサートの日に(笑)。

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下に屋根の見える建物がゲストハウスですが、ここでコンサートをします。とりあえず、機材が到着するまでコーヒーを飲みながら待ちます。

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機材が到着して、早速音調整とリハーサルです。50〜60名のサロンコンサート風です。

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開演は、20:00からで、ちょっと遅いですが、泊まりのお客さんの夕食の後からコンサートが始まるようにしました。市川さんのあいさつから始まります。

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ライブ開始!曲目と解説等はこちらのブログを参照して下さい。

 http://akifukakusa.com/blog2/2013/07/2013715.html

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いつものように、秦琴のお話を少し。ちょっと油断すると、とんでもなく長く話しちゃいます。私にとっては秦琴の歴史なんかは面白いけど、興味のない人にはつまらないでしょうねェ。

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なんか、チベットの坊さんみたいだなァ、こんな感じのチベットの僧侶、いますよねェ。

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福田くんと、岩間君。コンサートが終って、ビールと美味しいごちそうで、いい気持でリラックス。おつかれさまでした〜。翌日は気をつけて帰って下さい、翌日彼らは機材をまた長応寺に戻さなければなりません。私は次回のレコーディングのために東京に戻って一息して、再び長応寺でリハーサルです。

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7月15日(海の日)恒例の 伊豆高原「花吹雪」コンサート、無事に終了しました。「花吹雪」のご主人の市川さんはじめスタッフの皆さんの暖かいホスピタリティーで、気持よくコンサートをすることが出来、無事終了しました。ありがとうございました。東京からのスタッフの福田くん、岩間君、おつかれさまでした〜。写真を幾つか載せ、報告したいと思います。

当日のお昼頃到着です。

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緑の森の中の瀟酒なたたずまい。

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渡り廊下でお風呂をはじめ、それぞれの部屋がつながっています。

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紀宮様ご一行が御宿泊されたこともあります。皆さん、是非一度お出かけ下さい、出来れば私のコンサートの日に(笑)。

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下に屋根の見える建物がゲストハウスですが、ここでコンサートをします。とりあえず、機材が到着するまでコーヒーを飲みながら待ちます。

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機材が到着して、早速音調整とリハーサルです。50〜60名のサロンコンサート風です。

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開演は、20:00からで、ちょっと遅いですが、泊まりのお客さんの夕食の後からコンサートが始まるようにしました。市川さんのあいさつから始まります。

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ライブ開始!曲目と解説等はこちらのブログを参照して下さい。

 http://akifukakusa.com/blog2/2013/07/2013715.html

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いつものように、秦琴のお話を少し。ちょっと油断すると、とんでもなく長く話しちゃいます。私にとっては秦琴の歴史なんかは面白いけど、興味のない人にはつまらないでしょうねェ。

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なんか、チベットの坊さんみたいだなァ、こんな感じのチベットの僧侶、いますよねェ。

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福田くんと、岩間君。コンサートが終って、ビールと美味しいごちそうで、いい気持でリラックス。おつかれさまでした〜。翌日は気をつけて帰って下さい、翌日彼らは機材をまた長応寺に戻さなければなりません。私は次回のレコーディングのために東京に戻って一息して、再び長応寺でリハーサルです。

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7月15日(海の日)恒例の 伊豆高原「花吹雪」コンサート、無事に終了しました。「花吹雪」のご主人の市川さんはじめスタッフの皆さんの暖かいホスピタリティーで、気持よくコンサートをすることが出来、無事終了しました。ありがとうございました。東京からのスタッフの福田くん、岩間君、おつかれさまでした〜。写真を幾つか載せ、報告したいと思います。

当日のお昼頃到着です。

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緑の森の中の瀟酒なたたずまい。

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渡り廊下でお風呂をはじめ、それぞれの部屋がつながっています。

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紀宮様ご一行が御宿泊されたこともあります。皆さん、是非一度お出かけ下さい、出来れば私のコンサートの日に(笑)。

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下に屋根の見える建物がゲストハウスですが、ここでコンサートをします。とりあえず、機材が到着するまでコーヒーを飲みながら待ちます。

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機材が到着して、早速音調整とリハーサルです。50〜60名のサロンコンサート風です。

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開演は、20:00からで、ちょっと遅いですが、泊まりのお客さんの夕食の後からコンサートが始まるようにしました。市川さんのあいさつから始まります。

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ライブ開始!曲目と解説等はこちらのブログを参照して下さい。

 http://akifukakusa.com/blog2/2013/07/2013715.html

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いつものように、秦琴のお話を少し。ちょっと油断すると、とんでもなく長く話しちゃいます。私にとっては秦琴の歴史なんかは面白いけど、興味のない人にはつまらないでしょうねェ。

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なんか、チベットの坊さんみたいだなァ、こんな感じのチベットの僧侶、いますよねェ。

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福田くんと、岩間君。コンサートが終って、ビールと美味しいごちそうで、いい気持でリラックス。おつかれさまでした〜。翌日は気をつけて帰って下さい、翌日彼らは機材をまた長応寺に戻さなければなりません。私は次回のレコーディングのために東京に戻って一息して、再び長応寺でリハーサルです。

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7月12日に相模原南市民ホールで行われたコンサートの終了報告、その―1です。リハーサルの写真だけで、本番の写真はまだ届いていませんが、届きしだいまたお知らせしたいと思います。

相模原市南区の合同庁舎の中にある、座席数394席のこじんまりとしたホールでしたが、秦琴のコンサートにはちょうどいい感じでした。渡辺さんのピアノとは初めてのコンサートでしたが、いい感じのコンサートになったと思います。今回の企画をして頂いたNPO法人サーラの皆さん、ありがとうございました。お疲れ様でした。音響、照明、スタッフの皆さん、おつかれさまでした。

いつもの杉本雅静氏の「書」の吊りものをして雰囲気をつくりました。

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一曲づつリハーサルをしながら照明を作り込みます。渡辺さんの隣りに立っているのは音響の滝口さんです。ミキサーの本体から無線で信号を飛ばして、本人は、ipadminiで、ミュージッシャンのそばでいろいろ音調整が出来るのです。

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ピアノの渡辺さんとちょっと打ち合わせ。

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照明もきれいでした。

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最後にもういちど秦琴をかかえながら、譜面をみて構成の確認です。なんとなく、lonely akiのような・・と云うより、最近物覚えが悪くなっていかんね。(笑)。

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7月12日に相模原南市民ホールで行われたコンサートの終了報告、その―1です。リハーサルの写真だけで、本番の写真はまだ届いていませんが、届きしだいまたお知らせしたいと思います。

相模原市南区の合同庁舎の中にある、座席数394席のこじんまりとしたホールでしたが、秦琴のコンサートにはちょうどいい感じでした。渡辺さんのピアノとは初めてのコンサートでしたが、いい感じのコンサートになったと思います。今回の企画をして頂いたNPO法人サーラの皆さん、ありがとうございました。お疲れ様でした。音響、照明、スタッフの皆さん、おつかれさまでした。

いつもの杉本雅静氏の「書」の吊りものをして雰囲気をつくりました。

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一曲づつリハーサルをしながら照明を作り込みます。渡辺さんの隣りに立っているのは音響の滝口さんです。ミキサーの本体から無線で信号を飛ばして、本人は、ipadminiで、ミュージッシャンのそばでいろいろ音調整が出来るのです。

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ピアノの渡辺さんとちょっと打ち合わせ。

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照明もきれいでした。

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最後にもういちど秦琴をかかえながら、譜面をみて構成の確認です。なんとなく、lonely akiのような・・と云うより、最近物覚えが悪くなっていかんね。(笑)。

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7月12日に相模原南市民ホールで行われたコンサートの終了報告、その―1です。リハーサルの写真だけで、本番の写真はまだ届いていませんが、届きしだいまたお知らせしたいと思います。

相模原市南区の合同庁舎の中にある、座席数394席のこじんまりとしたホールでしたが、秦琴のコンサートにはちょうどいい感じでした。渡辺さんのピアノとは初めてのコンサートでしたが、いい感じのコンサートになったと思います。今回の企画をして頂いたNPO法人サーラの皆さん、ありがとうございました。お疲れ様でした。音響、照明、スタッフの皆さん、おつかれさまでした。

いつもの杉本雅静氏の「書」の吊りものをして雰囲気をつくりました。

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一曲づつリハーサルをしながら照明を作り込みます。渡辺さんの隣りに立っているのは音響の滝口さんです。ミキサーの本体から無線で信号を飛ばして、本人は、ipadminiで、ミュージッシャンのそばでいろいろ音調整が出来るのです。

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ピアノの渡辺さんとちょっと打ち合わせ。

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照明もきれいでした。

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最後にもういちど秦琴をかかえながら、譜面をみて構成の確認です。なんとなく、lonely akiのような・・と云うより、最近物覚えが悪くなっていかんね。(笑)。

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毎年7月の『海の日」にコンサートを開催しています。温泉に入って、美味しいお食事をいただき、秦琴を聞く、そんなちょっと贅沢なコンサートです。7月は震災から2年以上経ちますが、まだまだ大勢の人が避難を余儀なくされ、また悲しみも簡単には癒えることはありません。そんな気持や、初心を忘れないように音楽をして行きたいと思っています。今年もまたおいで下さい。

日程:
平成25年7月15日(月)
(毎年7月海の日開催)
時間:
午後8時開演
場所:
伊豆高原城ヶ崎温泉 花吹雪倶楽部ハウス
コンサートご案内
料金:
前売券3,000円(当日券3,500円)
定員:
70名
お問合せ:
伊豆高原城ヶ崎温泉 花吹雪
〒413-0232 静岡県伊東市八幡野磯道1041
電話:0557-54-1550
http://www.hanafubuki.co.jp/index.html

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森の中の瀟洒な離れの宿です

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2013年7月15日「花吹雪」コンサート 曲目とコメント

* 「佐穂の子守唄」NHKドラマ『蔵』より

「宮尾登美子さん原作の『蔵』が以前NHKでドラマ化され、音楽を担当しました。その劇中人物の一人に檀ふみさんが演じた「佐穂」と云う人がいます。主人公である、眼の見えない「烈」と云う女性を、その幼い時から献身的に世話をする役柄です。「烈」の母である姉の夫を思い慕うようになりますが、結局最後まで思いを遂げることが出来なかった「佐穂」のテーマ曲です。心を癒すような子守唄の曲調にしてみました。」


* 「星めぐりの歌」(宮沢賢治作曲)

「宮沢賢治の詩は皆さんよくご存知ですが、この「星めぐりの歌」は賢治自身が作曲もしているものです。星座を歌った歌詞が付けられていますが、今回はその曲だけを少しアレンジして演奏します。宮沢賢治作曲というと、なにか銀河鉄道のようなロマンチックな曲と思いがちですが、そうではないですね、大正歌謡のようなカラっとした小曲です。」


* 「蓮糸の上帛(はすいとのはた)」

「蓮の茎の繊維を藕絲(ぐうし)とも言います。蓮糸の上帛(はすいとのはた)とはその儚い糸で織った布のことです。奈良の都を舞台にした折口信夫の『死者の書』に出て来る言葉ですが、今でもインドではこの蓮糸の布が織られているようで、私も以前に僧侶の袈裟に使われているのを見たことがあります。この曲は来年早々リリースする新譜CDに収録する曲です。」


* 「山百合一輪川に流せば」(歌)

「親しい人をたて続けに亡くしたことがありました。そのころからよく悲しみの所在について度々考えるようになりました。そんな時期に、川端茅舎の句「朴散華即ち知れぬ行方かな(ほうさんげすなわちしれぬゆくへかな)」からヒントを得て作った曲です。高浜虚子に師事し、その句は『茅舎浄土』とまで呼ばれた川端茅舎(享年43歳)は伊豆の修善寺に眠っているそうです。朴を山百合に変えてみました。「海の日」のコンサートの頃、伊豆は山百合が満開でしょうか。」


* 「月の沙漠」

「もちろん皆さんご承知の童謡です。作詞:加藤まさを、作曲:佐々木すぐる。大正、昭和初期のころは、子供達のために大人が一生懸命に音楽を創っていました。判りやすくていい曲が多いですね。ちなみに、沙漠の「沙」は「砂」ではないですね。加藤まさを氏が学生時代に結核の保養のために訪れた御宿海岸の風景から発想したそうですが、四番の歌詞はこんなふうになっています。

『広い沙漠をひとすじに 二人はどこへ行くのでしょう。朧(おぼろ)にけぶる月の夜を 対の駱駝はとぼとぼと 砂丘を越えて行きました。 黙って越えて行きました。』

なにか彼の死生観のようなものを感じます。砂丘を越えて死の世界に向かうような。そんな深みを秦琴の音色で表現したいと思います。」


2.nd

* 「星の大地」

「私のテーマソングのような曲です。星の大地、というと満天の星々が瞬くモンゴル草原のような感じをイメージしがちですが、いえいえそうではありません。今ここがまさに満天の星に囲まれた星の大地なのです。地球上何処に行っても、その空の上には満天の星が輝いています。そんな青い星に私達は生まれ、宇宙の時間から見れば、ただの一瞬に等しいこの時に、奇跡のように出会い、共に生きているのです。」


* 「鳥の歌」(スペイン・カタルーニャ民謡)

「チェリストのカザルスによって世界的に知られるようになった、スペイン・カタルーニャ地方の民謡です。カザルスのテーマソングのような曲ですね。私はカザルスが弾くこの曲から演奏の原点を学びました。カザルスに云わせれば、鳥はピース、ピース(平和)と鳴くそうです。」


* 「さくら幻想(日本古曲・さくらさくらより)」

「”さくらさくら“ はよく日本古謡とされますが、実際には江戸時代の後期に出来た曲です。子供用の箏の練習曲として作られた曲ですが、いまは日本を象徴する曲になっています。以前誰かのコンサートで、この ”さくらさくら“ が朗々と歌われたのを聞いて、なぜか中国奥地の少数民族の段々畑に鳴り響いているイメージがありました。太古の昔、私達の住む日本列島に様々の民族の人達が渡り来て混ざりあい、現在の日本民族を形成していったような、そんな思いがしました。音楽は不思議です、実際には江戸時代の後期に出来た曲であるにも拘らず、日本人のその奥底の太古のDNAに響いてくるのです。」


* 「絃鼗三日月(げんとうみかづき)」

「中国、秦の始皇帝の時代、中国音楽史上に “絃鼗(げんとう)” と云う弦楽器が初めて登場してきます。日本、中国の、大凡の棹が付いた(秦琴も含め)弦楽器の原点とも云われています。 “絃鼗” の「鼗」は「鼗鼓(とうこ)」とも云い、「振り鼓」所謂「でんでん太鼓」のことです。これを逆さまにして、その柄を楽器の棹に見立て、太鼓の胴体を楽器の胴にして、ベンベンと弾いていたと云われています。漢民族が作ったとされていますが、紀元前3世紀頃の秦の時代、当時の西域・シルクロードの交易を支配していた “月氏(げっし)” と呼ばれたトルコ系民族の人達がもたらした楽器かもしれません。そんな楽器を弾きながら駱駝に乗った彼らの上に砂漠の三日月が輝いています、そんなイメージの曲です。」


* 「忘れていた心」(歌)

「ある知人の音楽家夫妻のコンサートを見に行ったときの出来事です。その夫君はすでに病と闘ってみえたのですが、二人の歌う姿を見て目頭が熱くなってしまいました。その時ふと、人は、今日は星がきれいだなあ、風がすずしいね、月があかるいね、雨が気持ちいいねとか、花がきれいだねとか、それで十分な訳で、そう思えれば崇高な哲学も宗教もいらないのではないかと、そんなことが心に湧いてきました。何故なら、私達人間は、風が吹くように、太陽が昇るように、花が散るように、星が瞬くように、月があまねく照らすように、この地球に生まれてきたのだから。難しい理由も訳もないのです。そんな心を私はいつも忘れてしまいます。」



毎年7月の『海の日」にコンサートを開催しています。温泉に入って、美味しいお食事をいただき、秦琴を聞く、そんなちょっと贅沢なコンサートです。7月は震災から2年以上経ちますが、まだまだ大勢の人が避難を余儀なくされ、また悲しみも簡単には癒えることはありません。そんな気持や、初心を忘れないように音楽をして行きたいと思っています。今年もまたおいで下さい。

日程:
平成25年7月15日(月)
(毎年7月海の日開催)
時間:
午後8時開演
場所:
伊豆高原城ヶ崎温泉 花吹雪倶楽部ハウス
コンサートご案内
料金:
前売券3,000円(当日券3,500円)
定員:
70名
お問合せ:
伊豆高原城ヶ崎温泉 花吹雪
〒413-0232 静岡県伊東市八幡野磯道1041
電話:0557-54-1550
http://www.hanafubuki.co.jp/index.html

2013715-aki-hana-1.jpg

森の中の瀟洒な離れの宿です

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2013年7月15日「花吹雪」コンサート 曲目とコメント

* 「佐穂の子守唄」NHKドラマ『蔵』より

「宮尾登美子さん原作の『蔵』が以前NHKでドラマ化され、音楽を担当しました。その劇中人物の一人に檀ふみさんが演じた「佐穂」と云う人がいます。主人公である、眼の見えない「烈」と云う女性を、その幼い時から献身的に世話をする役柄です。「烈」の母である姉の夫を思い慕うようになりますが、結局最後まで思いを遂げることが出来なかった「佐穂」のテーマ曲です。心を癒すような子守唄の曲調にしてみました。」


* 「星めぐりの歌」(宮沢賢治作曲)

「宮沢賢治の詩は皆さんよくご存知ですが、この「星めぐりの歌」は賢治自身が作曲もしているものです。星座を歌った歌詞が付けられていますが、今回はその曲だけを少しアレンジして演奏します。宮沢賢治作曲というと、なにか銀河鉄道のようなロマンチックな曲と思いがちですが、そうではないですね、大正歌謡のようなカラっとした小曲です。」


* 「蓮糸の上帛(はすいとのはた)」

「蓮の茎の繊維を藕絲(ぐうし)とも言います。蓮糸の上帛(はすいとのはた)とはその儚い糸で織った布のことです。奈良の都を舞台にした折口信夫の『死者の書』に出て来る言葉ですが、今でもインドではこの蓮糸の布が織られているようで、私も以前に僧侶の袈裟に使われているのを見たことがあります。この曲は来年早々リリースする新譜CDに収録する曲です。」


* 「山百合一輪川に流せば」(歌)

「親しい人をたて続けに亡くしたことがありました。そのころからよく悲しみの所在について度々考えるようになりました。そんな時期に、川端茅舎の句「朴散華即ち知れぬ行方かな(ほうさんげすなわちしれぬゆくへかな)」からヒントを得て作った曲です。高浜虚子に師事し、その句は『茅舎浄土』とまで呼ばれた川端茅舎(享年43歳)は伊豆の修善寺に眠っているそうです。朴を山百合に変えてみました。「海の日」のコンサートの頃、伊豆は山百合が満開でしょうか。」


* 「月の沙漠」

「もちろん皆さんご承知の童謡です。作詞:加藤まさを、作曲:佐々木すぐる。大正、昭和初期のころは、子供達のために大人が一生懸命に音楽を創っていました。判りやすくていい曲が多いですね。ちなみに、沙漠の「沙」は「砂」ではないですね。加藤まさを氏が学生時代に結核の保養のために訪れた御宿海岸の風景から発想したそうですが、四番の歌詞はこんなふうになっています。

『広い沙漠をひとすじに 二人はどこへ行くのでしょう。朧(おぼろ)にけぶる月の夜を 対の駱駝はとぼとぼと 砂丘を越えて行きました。 黙って越えて行きました。』

なにか彼の死生観のようなものを感じます。砂丘を越えて死の世界に向かうような。そんな深みを秦琴の音色で表現したいと思います。」


2.nd

* 「星の大地」

「私のテーマソングのような曲です。星の大地、というと満天の星々が瞬くモンゴル草原のような感じをイメージしがちですが、いえいえそうではありません。今ここがまさに満天の星に囲まれた星の大地なのです。地球上何処に行っても、その空の上には満天の星が輝いています。そんな青い星に私達は生まれ、宇宙の時間から見れば、ただの一瞬に等しいこの時に、奇跡のように出会い、共に生きているのです。」


* 「鳥の歌」(スペイン・カタルーニャ民謡)

「チェリストのカザルスによって世界的に知られるようになった、スペイン・カタルーニャ地方の民謡です。カザルスのテーマソングのような曲ですね。私はカザルスが弾くこの曲から演奏の原点を学びました。カザルスに云わせれば、鳥はピース、ピース(平和)と鳴くそうです。」


* 「さくら幻想(日本古曲・さくらさくらより)」

「”さくらさくら“ はよく日本古謡とされますが、実際には江戸時代の後期に出来た曲です。子供用の箏の練習曲として作られた曲ですが、いまは日本を象徴する曲になっています。以前誰かのコンサートで、この ”さくらさくら“ が朗々と歌われたのを聞いて、なぜか中国奥地の少数民族の段々畑に鳴り響いているイメージがありました。太古の昔、私達の住む日本列島に様々の民族の人達が渡り来て混ざりあい、現在の日本民族を形成していったような、そんな思いがしました。音楽は不思議です、実際には江戸時代の後期に出来た曲であるにも拘らず、日本人のその奥底の太古のDNAに響いてくるのです。」


* 「絃鼗三日月(げんとうみかづき)」

「中国、秦の始皇帝の時代、中国音楽史上に “絃鼗(げんとう)” と云う弦楽器が初めて登場してきます。日本、中国の、大凡の棹が付いた(秦琴も含め)弦楽器の原点とも云われています。 “絃鼗” の「鼗」は「鼗鼓(とうこ)」とも云い、「振り鼓」所謂「でんでん太鼓」のことです。これを逆さまにして、その柄を楽器の棹に見立て、太鼓の胴体を楽器の胴にして、ベンベンと弾いていたと云われています。漢民族が作ったとされていますが、紀元前3世紀頃の秦の時代、当時の西域・シルクロードの交易を支配していた “月氏(げっし)” と呼ばれたトルコ系民族の人達がもたらした楽器かもしれません。そんな楽器を弾きながら駱駝に乗った彼らの上に砂漠の三日月が輝いています、そんなイメージの曲です。」


* 「忘れていた心」(歌)

「ある知人の音楽家夫妻のコンサートを見に行ったときの出来事です。その夫君はすでに病と闘ってみえたのですが、二人の歌う姿を見て目頭が熱くなってしまいました。その時ふと、人は、今日は星がきれいだなあ、風がすずしいね、月があかるいね、雨が気持ちいいねとか、花がきれいだねとか、それで十分な訳で、そう思えれば崇高な哲学も宗教もいらないのではないかと、そんなことが心に湧いてきました。何故なら、私達人間は、風が吹くように、太陽が昇るように、花が散るように、星が瞬くように、月があまねく照らすように、この地球に生まれてきたのだから。難しい理由も訳もないのです。そんな心を私はいつも忘れてしまいます。」



毎年7月の『海の日」にコンサートを開催しています。温泉に入って、美味しいお食事をいただき、秦琴を聞く、そんなちょっと贅沢なコンサートです。7月は震災から2年以上経ちますが、まだまだ大勢の人が避難を余儀なくされ、また悲しみも簡単には癒えることはありません。そんな気持や、初心を忘れないように音楽をして行きたいと思っています。今年もまたおいで下さい。

日程:
平成25年7月15日(月)
(毎年7月海の日開催)
時間:
午後8時開演
場所:
伊豆高原城ヶ崎温泉 花吹雪倶楽部ハウス
コンサートご案内
料金:
前売券3,000円(当日券3,500円)
定員:
70名
お問合せ:
伊豆高原城ヶ崎温泉 花吹雪
〒413-0232 静岡県伊東市八幡野磯道1041
電話:0557-54-1550
http://www.hanafubuki.co.jp/index.html

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森の中の瀟洒な離れの宿です

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2013年7月15日「花吹雪」コンサート 曲目とコメント

* 「佐穂の子守唄」NHKドラマ『蔵』より

「宮尾登美子さん原作の『蔵』が以前NHKでドラマ化され、音楽を担当しました。その劇中人物の一人に檀ふみさんが演じた「佐穂」と云う人がいます。主人公である、眼の見えない「烈」と云う女性を、その幼い時から献身的に世話をする役柄です。「烈」の母である姉の夫を思い慕うようになりますが、結局最後まで思いを遂げることが出来なかった「佐穂」のテーマ曲です。心を癒すような子守唄の曲調にしてみました。」


* 「星めぐりの歌」(宮沢賢治作曲)

「宮沢賢治の詩は皆さんよくご存知ですが、この「星めぐりの歌」は賢治自身が作曲もしているものです。星座を歌った歌詞が付けられていますが、今回はその曲だけを少しアレンジして演奏します。宮沢賢治作曲というと、なにか銀河鉄道のようなロマンチックな曲と思いがちですが、そうではないですね、大正歌謡のようなカラっとした小曲です。」


* 「蓮糸の上帛(はすいとのはた)」

「蓮の茎の繊維を藕絲(ぐうし)とも言います。蓮糸の上帛(はすいとのはた)とはその儚い糸で織った布のことです。奈良の都を舞台にした折口信夫の『死者の書』に出て来る言葉ですが、今でもインドではこの蓮糸の布が織られているようで、私も以前に僧侶の袈裟に使われているのを見たことがあります。この曲は来年早々リリースする新譜CDに収録する曲です。」


* 「山百合一輪川に流せば」(歌)

「親しい人をたて続けに亡くしたことがありました。そのころからよく悲しみの所在について度々考えるようになりました。そんな時期に、川端茅舎の句「朴散華即ち知れぬ行方かな(ほうさんげすなわちしれぬゆくへかな)」からヒントを得て作った曲です。高浜虚子に師事し、その句は『茅舎浄土』とまで呼ばれた川端茅舎(享年43歳)は伊豆の修善寺に眠っているそうです。朴を山百合に変えてみました。「海の日」のコンサートの頃、伊豆は山百合が満開でしょうか。」


* 「月の沙漠」

「もちろん皆さんご承知の童謡です。作詞:加藤まさを、作曲:佐々木すぐる。大正、昭和初期のころは、子供達のために大人が一生懸命に音楽を創っていました。判りやすくていい曲が多いですね。ちなみに、沙漠の「沙」は「砂」ではないですね。加藤まさを氏が学生時代に結核の保養のために訪れた御宿海岸の風景から発想したそうですが、四番の歌詞はこんなふうになっています。

『広い沙漠をひとすじに 二人はどこへ行くのでしょう。朧(おぼろ)にけぶる月の夜を 対の駱駝はとぼとぼと 砂丘を越えて行きました。 黙って越えて行きました。』

なにか彼の死生観のようなものを感じます。砂丘を越えて死の世界に向かうような。そんな深みを秦琴の音色で表現したいと思います。」


2.nd

* 「星の大地」

「私のテーマソングのような曲です。星の大地、というと満天の星々が瞬くモンゴル草原のような感じをイメージしがちですが、いえいえそうではありません。今ここがまさに満天の星に囲まれた星の大地なのです。地球上何処に行っても、その空の上には満天の星が輝いています。そんな青い星に私達は生まれ、宇宙の時間から見れば、ただの一瞬に等しいこの時に、奇跡のように出会い、共に生きているのです。」


* 「鳥の歌」(スペイン・カタルーニャ民謡)

「チェリストのカザルスによって世界的に知られるようになった、スペイン・カタルーニャ地方の民謡です。カザルスのテーマソングのような曲ですね。私はカザルスが弾くこの曲から演奏の原点を学びました。カザルスに云わせれば、鳥はピース、ピース(平和)と鳴くそうです。」


* 「さくら幻想(日本古曲・さくらさくらより)」

「”さくらさくら“ はよく日本古謡とされますが、実際には江戸時代の後期に出来た曲です。子供用の箏の練習曲として作られた曲ですが、いまは日本を象徴する曲になっています。以前誰かのコンサートで、この ”さくらさくら“ が朗々と歌われたのを聞いて、なぜか中国奥地の少数民族の段々畑に鳴り響いているイメージがありました。太古の昔、私達の住む日本列島に様々の民族の人達が渡り来て混ざりあい、現在の日本民族を形成していったような、そんな思いがしました。音楽は不思議です、実際には江戸時代の後期に出来た曲であるにも拘らず、日本人のその奥底の太古のDNAに響いてくるのです。」


* 「絃鼗三日月(げんとうみかづき)」

「中国、秦の始皇帝の時代、中国音楽史上に “絃鼗(げんとう)” と云う弦楽器が初めて登場してきます。日本、中国の、大凡の棹が付いた(秦琴も含め)弦楽器の原点とも云われています。 “絃鼗” の「鼗」は「鼗鼓(とうこ)」とも云い、「振り鼓」所謂「でんでん太鼓」のことです。これを逆さまにして、その柄を楽器の棹に見立て、太鼓の胴体を楽器の胴にして、ベンベンと弾いていたと云われています。漢民族が作ったとされていますが、紀元前3世紀頃の秦の時代、当時の西域・シルクロードの交易を支配していた “月氏(げっし)” と呼ばれたトルコ系民族の人達がもたらした楽器かもしれません。そんな楽器を弾きながら駱駝に乗った彼らの上に砂漠の三日月が輝いています、そんなイメージの曲です。」


* 「忘れていた心」(歌)

「ある知人の音楽家夫妻のコンサートを見に行ったときの出来事です。その夫君はすでに病と闘ってみえたのですが、二人の歌う姿を見て目頭が熱くなってしまいました。その時ふと、人は、今日は星がきれいだなあ、風がすずしいね、月があかるいね、雨が気持ちいいねとか、花がきれいだねとか、それで十分な訳で、そう思えれば崇高な哲学も宗教もいらないのではないかと、そんなことが心に湧いてきました。何故なら、私達人間は、風が吹くように、太陽が昇るように、花が散るように、星が瞬くように、月があまねく照らすように、この地球に生まれてきたのだから。難しい理由も訳もないのです。そんな心を私はいつも忘れてしまいます。」



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