2012年6月アーカイブ

南シベリアのトゥバ共和国の「フンフルトゥ HUUN HUUR TU」と云うバンドのコンサートに行ってきました。トゥバ共和国はアジア大陸のほぼ中央、モンゴルの北西に位置しています。ロシア連邦を構成する国の一つです。

東京でのコンサートはもうすでにチケットは完売していたので、関西の伊丹まで行ってきました。まぁ、愛知の実家に帰っていたので、ちょっと足をのばしたわけです。実は僕はこの「フンフルトゥ」のことはよくしらなかったのですが、縁あって知り合いになったトゥバ共和国音楽演奏家の等々力政彦さんが今回の招聘に関わっていたので、見に行きました。彼との縁のことはまたいつか書きたいと思います。人の縁は不思議です。

トゥバ共和国の民族音楽のチームといっても、ただ民族音楽を演奏するのではなく、トゥバ共和国の音楽を下敷きにしながら彼らのオリジナルの音楽を奏でている四人編成のバンドです。ワールドツアーをする程活躍していて、とても魅力的な音楽を創り出しています。

tuba-2.jpg

tuba-1.jpg

伊丹は初めて行きましたが、なんか観光地のような感じのいい町並みでした。

ita-1.jpg

アイフォニックホールでのコンサートです。あまり大きくないですが、とってもいいホールでした。

ita-2.jpg

You Tubeのサイトから

http://www.youtube.com/watch?v=-bDntRWfL70

http://www.youtube.com/watch?v=dyhs1EcPxis&feature=fvst

 

 

南シベリアのトゥバ共和国の「フンフルトゥ HUUN HUUR TU」と云うバンドのコンサートに行ってきました。トゥバ共和国はアジア大陸のほぼ中央、モンゴルの北西に位置しています。ロシア連邦を構成する国の一つです。

東京でのコンサートはもうすでにチケットは完売していたので、関西の伊丹まで行ってきました。まぁ、愛知の実家に帰っていたので、ちょっと足をのばしたわけです。実は僕はこの「フンフルトゥ」のことはよくしらなかったのですが、縁あって知り合いになったトゥバ共和国音楽演奏家の等々力政彦さんが今回の招聘に関わっていたので、見に行きました。彼との縁のことはまたいつか書きたいと思います。人の縁は不思議です。

トゥバ共和国の民族音楽のチームといっても、ただ民族音楽を演奏するのではなく、トゥバ共和国の音楽を下敷きにしながら彼らのオリジナルの音楽を奏でている四人編成のバンドです。ワールドツアーをする程活躍していて、とても魅力的な音楽を創り出しています。

tuba-2.jpg

tuba-1.jpg

伊丹は初めて行きましたが、なんか観光地のような感じのいい町並みでした。

ita-1.jpg

アイフォニックホールでのコンサートです。あまり大きくないですが、とってもいいホールでした。

ita-2.jpg

You Tubeのサイトから

http://www.youtube.com/watch?v=-bDntRWfL70

http://www.youtube.com/watch?v=dyhs1EcPxis&feature=fvst

 

 

南シベリアのトゥバ共和国の「フンフルトゥ HUUN HUUR TU」と云うバンドのコンサートに行ってきました。トゥバ共和国はアジア大陸のほぼ中央、モンゴルの北西に位置しています。ロシア連邦を構成する国の一つです。

東京でのコンサートはもうすでにチケットは完売していたので、関西の伊丹まで行ってきました。まぁ、愛知の実家に帰っていたので、ちょっと足をのばしたわけです。実は僕はこの「フンフルトゥ」のことはよくしらなかったのですが、縁あって知り合いになったトゥバ共和国音楽演奏家の等々力政彦さんが今回の招聘に関わっていたので、見に行きました。彼との縁のことはまたいつか書きたいと思います。人の縁は不思議です。

トゥバ共和国の民族音楽のチームといっても、ただ民族音楽を演奏するのではなく、トゥバ共和国の音楽を下敷きにしながら彼らのオリジナルの音楽を奏でている四人編成のバンドです。ワールドツアーをする程活躍していて、とても魅力的な音楽を創り出しています。

tuba-2.jpg

tuba-1.jpg

伊丹は初めて行きましたが、なんか観光地のような感じのいい町並みでした。

ita-1.jpg

アイフォニックホールでのコンサートです。あまり大きくないですが、とってもいいホールでした。

ita-2.jpg

You Tubeのサイトから

http://www.youtube.com/watch?v=-bDntRWfL70

http://www.youtube.com/watch?v=dyhs1EcPxis&feature=fvst

 

 

CD 「AKI FUKAKUSA LIVE ARCHIVES」の中から『緊那羅』という曲をYou Tubeに載せました。僕の知人が中国の桂林に行った時に撮ったビデオです。船で漓江(りこう、リージャン)という川を下る映像に、ちょっとリズミカルな『緊那羅』という曲が流れます。緊那羅は仏様を守る八部衆の一人で、音楽の精霊でもあります。神でも人でもないわけです。そんな緊那羅が陽気に楽器を奏でているイメージです。

この「AKI FUKAKUSA  LIVE  ARCHIVES」は、今は亡き木下一郎氏がプロデュースしたCDです。僕には珍しいライブ版です。1989年から1994年までのライブの音源を選んで作りました。いま聞いてもとても新鮮な響きで、こういう音源がCDとして残ってゆくことはとってもうれしく、ありがたいことです。

 「AKI  FUKAKUSA  LIVE  ARCHIVES Vol 1」のサイト

http://akifukakusa.com/2009/07/aki-fukakusa-live-archives-vol1-1989-199.html

You Tubeの『緊那羅』のサイトです。

http://www.youtube.com/watch?v=OLXVQBlzDp8

 

 

CD 「AKI FUKAKUSA LIVE ARCHIVES」の中から『緊那羅』という曲をYou Tubeに載せました。僕の知人が中国の桂林に行った時に撮ったビデオです。船で漓江(りこう、リージャン)という川を下る映像に、ちょっとリズミカルな『緊那羅』という曲が流れます。緊那羅は仏様を守る八部衆の一人で、音楽の精霊でもあります。神でも人でもないわけです。そんな緊那羅が陽気に楽器を奏でているイメージです。

この「AKI FUKAKUSA  LIVE  ARCHIVES」は、今は亡き木下一郎氏がプロデュースしたCDです。僕には珍しいライブ版です。1989年から1994年までのライブの音源を選んで作りました。いま聞いてもとても新鮮な響きで、こういう音源がCDとして残ってゆくことはとってもうれしく、ありがたいことです。

 「AKI  FUKAKUSA  LIVE  ARCHIVES Vol 1」のサイト

http://akifukakusa.com/2009/07/aki-fukakusa-live-archives-vol1-1989-199.html

You Tubeの『緊那羅』のサイトです。

http://www.youtube.com/watch?v=OLXVQBlzDp8

 

 

CD 「AKI FUKAKUSA LIVE ARCHIVES」の中から『緊那羅』という曲をYou Tubeに載せました。僕の知人が中国の桂林に行った時に撮ったビデオです。船で漓江(りこう、リージャン)という川を下る映像に、ちょっとリズミカルな『緊那羅』という曲が流れます。緊那羅は仏様を守る八部衆の一人で、音楽の精霊でもあります。神でも人でもないわけです。そんな緊那羅が陽気に楽器を奏でているイメージです。

この「AKI FUKAKUSA  LIVE  ARCHIVES」は、今は亡き木下一郎氏がプロデュースしたCDです。僕には珍しいライブ版です。1989年から1994年までのライブの音源を選んで作りました。いま聞いてもとても新鮮な響きで、こういう音源がCDとして残ってゆくことはとってもうれしく、ありがたいことです。

 「AKI  FUKAKUSA  LIVE  ARCHIVES Vol 1」のサイト

http://akifukakusa.com/2009/07/aki-fukakusa-live-archives-vol1-1989-199.html

You Tubeの『緊那羅』のサイトです。

http://www.youtube.com/watch?v=OLXVQBlzDp8

 

 

かなり古い「秦琴」が手に入りました。年代は大正から昭和初期位かなぁ? ちょっとはっきりしませんが、戦後のものではないような気がします。写真では判りませんが、梅花形の胴体は僕の「秦琴」より一回り小さい感じです。

「秦琴」は今まで、ちょっと古いものからいろいろ見ていますが、ほとんど魅力を感じませんでした。しかしこの「秦琴」は一目見ただけで、風情がありましたね。

sink-1.jpg

胴の腹板はやはり桐で、かなり古びています。全体枯れきっている感じで、すごく軽いです。きゃしゃな作りで、あまり太い糸で強く張れませんが、そのぶん、優しく枯れた音がしてなかなかおもしろいです。今の「秦琴」とは一味違った表現ができそうです。柱(フレット)は12個付いていますが、半音間隔ではないです。いわゆる、一オクターブを七平均律にしたような、云わば、ミとファ、それにシとドの柱の間隔が少し大きい感じです。

sink-2.jpg

軫(しん)、もしくは転手(てんじゅ)要するに絃巻ですが、後から付けたような感じで、すこし新しいもののように思えます。ただものすごく軽く、馴染んでいるので、元から付いていたものかも知れません。蓋板(がいばん)、三味線で云えば天神の部分がとれているので、丸い紫檀の板に古い玉(ぎょく)を張り、付け直します。

sink-3.jpg

sink-4.jpg

どのような表現が出来るのか、ちょっと楽しみです。少しずつ様子を見ながら直してゆくのですが、修理が完全に出来るのが待ちどうしいですね。

 

 

 

かなり古い「秦琴」が手に入りました。年代は大正から昭和初期位かなぁ? ちょっとはっきりしませんが、戦後のものではないような気がします。写真では判りませんが、梅花形の胴体は僕の「秦琴」より一回り小さい感じです。

「秦琴」は今まで、ちょっと古いものからいろいろ見ていますが、ほとんど魅力を感じませんでした。しかしこの「秦琴」は一目見ただけで、風情がありましたね。

sink-1.jpg

胴の腹板はやはり桐で、かなり古びています。全体枯れきっている感じで、すごく軽いです。きゃしゃな作りで、あまり太い糸で強く張れませんが、そのぶん、優しく枯れた音がしてなかなかおもしろいです。今の「秦琴」とは一味違った表現ができそうです。柱(フレット)は12個付いていますが、半音間隔ではないです。いわゆる、一オクターブを七平均律にしたような、云わば、ミとファ、それにシとドの柱の間隔が少し大きい感じです。

sink-2.jpg

軫(しん)、もしくは転手(てんじゅ)要するに絃巻ですが、後から付けたような感じで、すこし新しいもののように思えます。ただものすごく軽く、馴染んでいるので、元から付いていたものかも知れません。蓋板(がいばん)、三味線で云えば天神の部分がとれているので、丸い紫檀の板に古い玉(ぎょく)を張り、付け直します。

sink-3.jpg

sink-4.jpg

どのような表現が出来るのか、ちょっと楽しみです。少しずつ様子を見ながら直してゆくのですが、修理が完全に出来るのが待ちどうしいですね。

 

 

 

かなり古い「秦琴」が手に入りました。年代は大正から昭和初期位かなぁ? ちょっとはっきりしませんが、戦後のものではないような気がします。写真では判りませんが、梅花形の胴体は僕の「秦琴」より一回り小さい感じです。

「秦琴」は今まで、ちょっと古いものからいろいろ見ていますが、ほとんど魅力を感じませんでした。しかしこの「秦琴」は一目見ただけで、風情がありましたね。

sink-1.jpg

胴の腹板はやはり桐で、かなり古びています。全体枯れきっている感じで、すごく軽いです。きゃしゃな作りで、あまり太い糸で強く張れませんが、そのぶん、優しく枯れた音がしてなかなかおもしろいです。今の「秦琴」とは一味違った表現ができそうです。柱(フレット)は12個付いていますが、半音間隔ではないです。いわゆる、一オクターブを七平均律にしたような、云わば、ミとファ、それにシとドの柱の間隔が少し大きい感じです。

sink-2.jpg

軫(しん)、もしくは転手(てんじゅ)要するに絃巻ですが、後から付けたような感じで、すこし新しいもののように思えます。ただものすごく軽く、馴染んでいるので、元から付いていたものかも知れません。蓋板(がいばん)、三味線で云えば天神の部分がとれているので、丸い紫檀の板に古い玉(ぎょく)を張り、付け直します。

sink-3.jpg

sink-4.jpg

どのような表現が出来るのか、ちょっと楽しみです。少しずつ様子を見ながら直してゆくのですが、修理が完全に出来るのが待ちどうしいですね。

 

 

 

少し以前、大月の長応寺から帰る途中、中央線の駅の四方津か相模湖か、忘れてしまったけれど、用事があって下車しました。そして夜が更けて再びその駅から乗車しようとプラットホームに上がると、誰もいない薄暗い街灯の下のベンチにダウン症の子が一人ポツンと座っていました。リュックを背負って、身じろぎもせず、じっと座っていました。

こんな夜に、お母さんは心配じゃないのかなぁ、一人でちゃんとやれるんだね、そんなことを考えながら、僕もちょっと離れてじっと立っていました。夜空に月がきれいでした。闇夜をじっと見つめている君はなにを想っているんだろう。

そんな時にふと出来た詩です。「君の上に月輝く」 FavoriteのPoemにも載せてあります。ユーチューブで以下の映像を見つけたので、一緒に取り上げてみました。

 

「君の上に月輝く」

 

君の上に月輝き

白くかすんで 夜に滲むは 君の吐く息


君の上に月輝き

もの言わず 一人プラットホームのベンチに座る君は
遠くを見つめて 何を想う


君の上に月輝き

私は離れて 夜の気配に聞き耳を立てれば
一人の君の無言の声が 街燈の灯りの下にフワリと浮かんで
ゆっくりと私の方に 流れてくる


君の上に月輝き

君はいつも 剥き出しの輝く魂を 私たちの前に差し出してくる
君の父母は 遍く月の照らすがごとく
笑いながら 大きくそれを受け止める


しかし私は 話しかけることも出来ず 笑いかけることも出来ず
流れ来る言葉を 右肩にかすめて
静かに うつむいて立ち去るだけ


君の上に月輝き そしてまた 君の上に月輝く

 

「とっておきの音楽祭」の公式サイトです。

http://totteokino-ongakusai.jp/

 

 

少し以前、大月の長応寺から帰る途中、中央線の駅の四方津か相模湖か、忘れてしまったけれど、用事があって下車しました。そして夜が更けて再びその駅から乗車しようとプラットホームに上がると、誰もいない薄暗い街灯の下のベンチにダウン症の子が一人ポツンと座っていました。リュックを背負って、身じろぎもせず、じっと座っていました。

こんな夜に、お母さんは心配じゃないのかなぁ、一人でちゃんとやれるんだね、そんなことを考えながら、僕もちょっと離れてじっと立っていました。夜空に月がきれいでした。闇夜をじっと見つめている君はなにを想っているんだろう。

そんな時にふと出来た詩です。「君の上に月輝く」 FavoriteのPoemにも載せてあります。ユーチューブで以下の映像を見つけたので、一緒に取り上げてみました。

 

「君の上に月輝く」

 

君の上に月輝き

白くかすんで 夜に滲むは 君の吐く息


君の上に月輝き

もの言わず 一人プラットホームのベンチに座る君は
遠くを見つめて 何を想う


君の上に月輝き

私は離れて 夜の気配に聞き耳を立てれば
一人の君の無言の声が 街燈の灯りの下にフワリと浮かんで
ゆっくりと私の方に 流れてくる


君の上に月輝き

君はいつも 剥き出しの輝く魂を 私たちの前に差し出してくる
君の父母は 遍く月の照らすがごとく
笑いながら 大きくそれを受け止める


しかし私は 話しかけることも出来ず 笑いかけることも出来ず
流れ来る言葉を 右肩にかすめて
静かに うつむいて立ち去るだけ


君の上に月輝き そしてまた 君の上に月輝く

 

「とっておきの音楽祭」の公式サイトです。

http://totteokino-ongakusai.jp/

 

 

少し以前、大月の長応寺から帰る途中、中央線の駅の四方津か相模湖か、忘れてしまったけれど、用事があって下車しました。そして夜が更けて再びその駅から乗車しようとプラットホームに上がると、誰もいない薄暗い街灯の下のベンチにダウン症の子が一人ポツンと座っていました。リュックを背負って、身じろぎもせず、じっと座っていました。

こんな夜に、お母さんは心配じゃないのかなぁ、一人でちゃんとやれるんだね、そんなことを考えながら、僕もちょっと離れてじっと立っていました。夜空に月がきれいでした。闇夜をじっと見つめている君はなにを想っているんだろう。

そんな時にふと出来た詩です。「君の上に月輝く」 FavoriteのPoemにも載せてあります。ユーチューブで以下の映像を見つけたので、一緒に取り上げてみました。

 

「君の上に月輝く」

 

君の上に月輝き

白くかすんで 夜に滲むは 君の吐く息


君の上に月輝き

もの言わず 一人プラットホームのベンチに座る君は
遠くを見つめて 何を想う


君の上に月輝き

私は離れて 夜の気配に聞き耳を立てれば
一人の君の無言の声が 街燈の灯りの下にフワリと浮かんで
ゆっくりと私の方に 流れてくる


君の上に月輝き

君はいつも 剥き出しの輝く魂を 私たちの前に差し出してくる
君の父母は 遍く月の照らすがごとく
笑いながら 大きくそれを受け止める


しかし私は 話しかけることも出来ず 笑いかけることも出来ず
流れ来る言葉を 右肩にかすめて
静かに うつむいて立ち去るだけ


君の上に月輝き そしてまた 君の上に月輝く

 

「とっておきの音楽祭」の公式サイトです。

http://totteokino-ongakusai.jp/

 

 

カテゴリ

月別 アーカイブ

ウェブページ

Powered by Movable Type 7.906.2

このアーカイブについて

このページには、2012年6月に書かれたブログ記事が新しい順に公開されています。

前のアーカイブは2012年5月です。

次のアーカイブは2012年7月です。

最近のコンテンツはインデックスページで見られます。過去に書かれたものはアーカイブのページで見られます。