2011年1月アーカイブ

今年の音初めの「四谷 コタン」ライブ終了です。いつものようにワガママに演奏してしまいました。トーク、全く無しの50分間二回の弾きっぱなしのライブでした。こんなことしてたらお客さん来ないだろうなぁ、なんて思いつつ、いつもワガママライブです。すいません。でも、録音した音は今の所の僕の愛聴版です。次にライブをして、また音を録ると前のライブの音は飽きてしまいます。ですから、いまの所は愛聴版です。

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ライブが終わり、後片付けのワンショット。左から、岩間くん、福田くん、いつろうくん。お疲れ様でした〜〜。御出での皆様ありがとうございました。ことしもよろしくお願いします。

さぁっ!今年も音の旅、続けましょう!

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今年の音初めの「四谷 コタン」ライブ終了です。いつものようにワガママに演奏してしまいました。トーク、全く無しの50分間二回の弾きっぱなしのライブでした。こんなことしてたらお客さん来ないだろうなぁ、なんて思いつつ、いつもワガママライブです。すいません。でも、録音した音は今の所の僕の愛聴版です。次にライブをして、また音を録ると前のライブの音は飽きてしまいます。ですから、いまの所は愛聴版です。

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ライブが終わり、後片付けのワンショット。左から、岩間くん、福田くん、いつろうくん。お疲れ様でした〜〜。御出での皆様ありがとうございました。ことしもよろしくお願いします。

さぁっ!今年も音の旅、続けましょう!

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今年の音初めの「四谷 コタン」ライブ終了です。いつものようにワガママに演奏してしまいました。トーク、全く無しの50分間二回の弾きっぱなしのライブでした。こんなことしてたらお客さん来ないだろうなぁ、なんて思いつつ、いつもワガママライブです。すいません。でも、録音した音は今の所の僕の愛聴版です。次にライブをして、また音を録ると前のライブの音は飽きてしまいます。ですから、いまの所は愛聴版です。

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ライブが終わり、後片付けのワンショット。左から、岩間くん、福田くん、いつろうくん。お疲れ様でした〜〜。御出での皆様ありがとうございました。ことしもよろしくお願いします。

さぁっ!今年も音の旅、続けましょう!

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今、公開中の映画「レオニー」を観てきました。いい映画でした。松井久子監督の作品です。音楽もよく映像に合っていて、聴衆を自然に画面に引き入れてくれ、尚、ふっと、心の琴線に触れて来る様な、そんな音でした。松井久子監督が作曲家のヤン・AP・カチュマレク氏を熱望した訳が判ります。

日本の年代でで云えば、明治から大正、昭和を一途に生きた、レオニー・ギルモアさんの生涯を描いた、女性監督ならではの作品でした。主演の、エミリー・モーティマーさんが良い演技をしていました。2月に入ってもまだ上映されていますので是非ご覧になって下さい。

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今、公開中の映画「レオニー」を観てきました。いい映画でした。松井久子監督の作品です。音楽もよく映像に合っていて、聴衆を自然に画面に引き入れてくれ、尚、ふっと、心の琴線に触れて来る様な、そんな音でした。松井久子監督が作曲家のヤン・AP・カチュマレク氏を熱望した訳が判ります。

日本の年代でで云えば、明治から大正、昭和を一途に生きた、レオニー・ギルモアさんの生涯を描いた、女性監督ならではの作品でした。主演の、エミリー・モーティマーさんが良い演技をしていました。2月に入ってもまだ上映されていますので是非ご覧になって下さい。

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今、公開中の映画「レオニー」を観てきました。いい映画でした。松井久子監督の作品です。音楽もよく映像に合っていて、聴衆を自然に画面に引き入れてくれ、尚、ふっと、心の琴線に触れて来る様な、そんな音でした。松井久子監督が作曲家のヤン・AP・カチュマレク氏を熱望した訳が判ります。

日本の年代でで云えば、明治から大正、昭和を一途に生きた、レオニー・ギルモアさんの生涯を描いた、女性監督ならではの作品でした。主演の、エミリー・モーティマーさんが良い演技をしていました。2月に入ってもまだ上映されていますので是非ご覧になって下さい。

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rei-1.jpgノールウェィのオスロでレコーディングした、CD「黎明}は、「シルケリグ・クルチュールヴェルクスタ」と云うノールウェイのレコード会社から出ていますが、最近そのサイトを偶然見つけました。検索すれば直ぐに判ったのですが、とりわけ探さなかったので、偶然見つけたサイトでしたが懐かしく見ました。

CD「黎明}は、1997年発売ですから、もう14年程前になりますか! 当時僕は、「オーマガトキ」という新星堂の子会社のレコード会社に所属していたのですが、その「オーマガトキ」がノールウェィのレーベル「シルケリグ」と契約したのをきっかけに、アンネさんというヴォーカリストと一緒にCDを制作することになったのです。最初のきっかけは、「シルケリグ」のオーナー兼プロデューサーのエリック・ヒレスタという人物がぼくの秦琴のCDを気に入ってくれ、彼から、アンネさんとの共演のオファーがあったことがきっかけでした。

尺八の菊池さんにも参加してもらい、アレンジの基本的アイディアを僕が日本で作り、レコーディングはオスロの教会で行われたのですが、ほとんど一回の演奏で録音しました。まぁ、「一発録り」って云うんですが、そんな臨場感のある演奏のCDになりました。アンネさんが歌うノールウェィの教会音楽と、僕の秦琴、菊池さんの尺八が見事に融合してます。

オスロの教会での、CD「黎明}のレコーディングの様子は、フォトアルバムで幾らか写真を見られます。

フォトアルバムに→http://akifukakusa.com/photoalbum/2009/06/post_4.html

 

 

「シルケリグ」のサイトの写真です。実際のサイトには下に書いたリンクから行って下さい。

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「シルケリグ」が今売り出している音楽の映像です。詳しい情報は判りませんが、とてもいい雰囲気です。どこかの教会でのコンサートの様子です。いいですねぇ! 日本ではなかなかこんな感じの音は出来ないですねぇ。日本は、なんかみょうにポップス化、ビジュアル化され、つまらないですねぇ、まぁ、僕個人の感想ですが。

 

 

下のリンクから、ノールウェィにある実際の「シルケリグ・クルチュールヴェルクスタ」と云うレコード会社のサイトに行けます。

http://www.kkv.no/

サイトの表紙が出たら、右上の検索窓に solrenning と入れて検索すると、CD「黎明」が出てきます。solrenningは「黎明」の英訳です。まだ、ノールウェィでは発売されてます。恐らく、ヨーロッパでもまだ発売されていると思いますよ。

 


また、CD「黎明」の詳しいことは、「discography」から

http://akifukakusa.com/2009/07/reimei.html


 

 

 

 

rei-1.jpgノールウェィのオスロでレコーディングした、CD「黎明}は、「シルケリグ・クルチュールヴェルクスタ」と云うノールウェイのレコード会社から出ていますが、最近そのサイトを偶然見つけました。検索すれば直ぐに判ったのですが、とりわけ探さなかったので、偶然見つけたサイトでしたが懐かしく見ました。

CD「黎明}は、1997年発売ですから、もう14年程前になりますか! 当時僕は、「オーマガトキ」という新星堂の子会社のレコード会社に所属していたのですが、その「オーマガトキ」がノールウェィのレーベル「シルケリグ」と契約したのをきっかけに、アンネさんというヴォーカリストと一緒にCDを制作することになったのです。最初のきっかけは、「シルケリグ」のオーナー兼プロデューサーのエリック・ヒレスタという人物がぼくの秦琴のCDを気に入ってくれ、彼から、アンネさんとの共演のオファーがあったことがきっかけでした。

尺八の菊池さんにも参加してもらい、アレンジの基本的アイディアを僕が日本で作り、レコーディングはオスロの教会で行われたのですが、ほとんど一回の演奏で録音しました。まぁ、「一発録り」って云うんですが、そんな臨場感のある演奏のCDになりました。アンネさんが歌うノールウェィの教会音楽と、僕の秦琴、菊池さんの尺八が見事に融合してます。

オスロの教会での、CD「黎明}のレコーディングの様子は、フォトアルバムで幾らか写真を見られます。

フォトアルバムに→http://akifukakusa.com/photoalbum/2009/06/post_4.html

 

 

「シルケリグ」のサイトの写真です。実際のサイトには下に書いたリンクから行って下さい。

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「シルケリグ」が今売り出している音楽の映像です。詳しい情報は判りませんが、とてもいい雰囲気です。どこかの教会でのコンサートの様子です。いいですねぇ! 日本ではなかなかこんな感じの音は出来ないですねぇ。日本は、なんかみょうにポップス化、ビジュアル化され、つまらないですねぇ、まぁ、僕個人の感想ですが。

 

 

下のリンクから、ノールウェィにある実際の「シルケリグ・クルチュールヴェルクスタ」と云うレコード会社のサイトに行けます。

http://www.kkv.no/

サイトの表紙が出たら、右上の検索窓に solrenning と入れて検索すると、CD「黎明」が出てきます。solrenningは「黎明」の英訳です。まだ、ノールウェィでは発売されてます。恐らく、ヨーロッパでもまだ発売されていると思いますよ。

 


また、CD「黎明」の詳しいことは、「discography」から

http://akifukakusa.com/2009/07/reimei.html


 

 

 

 

rei-1.jpgノールウェィのオスロでレコーディングした、CD「黎明}は、「シルケリグ・クルチュールヴェルクスタ」と云うノールウェイのレコード会社から出ていますが、最近そのサイトを偶然見つけました。検索すれば直ぐに判ったのですが、とりわけ探さなかったので、偶然見つけたサイトでしたが懐かしく見ました。

CD「黎明}は、1997年発売ですから、もう14年程前になりますか! 当時僕は、「オーマガトキ」という新星堂の子会社のレコード会社に所属していたのですが、その「オーマガトキ」がノールウェィのレーベル「シルケリグ」と契約したのをきっかけに、アンネさんというヴォーカリストと一緒にCDを制作することになったのです。最初のきっかけは、「シルケリグ」のオーナー兼プロデューサーのエリック・ヒレスタという人物がぼくの秦琴のCDを気に入ってくれ、彼から、アンネさんとの共演のオファーがあったことがきっかけでした。

尺八の菊池さんにも参加してもらい、アレンジの基本的アイディアを僕が日本で作り、レコーディングはオスロの教会で行われたのですが、ほとんど一回の演奏で録音しました。まぁ、「一発録り」って云うんですが、そんな臨場感のある演奏のCDになりました。アンネさんが歌うノールウェィの教会音楽と、僕の秦琴、菊池さんの尺八が見事に融合してます。

オスロの教会での、CD「黎明}のレコーディングの様子は、フォトアルバムで幾らか写真を見られます。

フォトアルバムに→http://akifukakusa.com/photoalbum/2009/06/post_4.html

 

 

「シルケリグ」のサイトの写真です。実際のサイトには下に書いたリンクから行って下さい。

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「シルケリグ」が今売り出している音楽の映像です。詳しい情報は判りませんが、とてもいい雰囲気です。どこかの教会でのコンサートの様子です。いいですねぇ! 日本ではなかなかこんな感じの音は出来ないですねぇ。日本は、なんかみょうにポップス化、ビジュアル化され、つまらないですねぇ、まぁ、僕個人の感想ですが。

 

 

下のリンクから、ノールウェィにある実際の「シルケリグ・クルチュールヴェルクスタ」と云うレコード会社のサイトに行けます。

http://www.kkv.no/

サイトの表紙が出たら、右上の検索窓に solrenning と入れて検索すると、CD「黎明」が出てきます。solrenningは「黎明」の英訳です。まだ、ノールウェィでは発売されてます。恐らく、ヨーロッパでもまだ発売されていると思いますよ。

 


また、CD「黎明」の詳しいことは、「discography」から

http://akifukakusa.com/2009/07/reimei.html


 

 

 

 

正月の後、再び故郷に帰ったんですが、その翌日大雪になりました。蟹江町にも、僕が記憶にある中では、初めての大雪警報が出ました。蟹江町は雪は降るには降るんですが、それにしても大雪警報は初めてですよ。名古屋もけっこう降ってましたが、東京はどうってことなかったんですね。東京はこれから2月にかけて雪が降りますね。思い起こせば僕が学生の頃大学受験に上京した日も確か東京は大雪の日でした。2月の10日前後、宿泊していた旅館から雪の中を、受験会場に向かいました。東京で雪が降ると何故か、いつもそんなことを思い出すんです。東京は、2月の10日ごろ雪がふるんだ、ってね。まぁ、最近は天候不順ですが。

故郷は大雪でした。

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太陽も月のよう

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止んでしまえば、水分の多い雪でしたので、すぐに溶けましたが。

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そんな日に故郷の友人達との、二回目の「生存確認会議」です。まぁ、新年会ですが。無病息災とはいきませんが、とにかくなんとか皆元気でなによりです。高校時代のバンド仲間でもあります。音楽談義に花を咲かせ、しかし、まったく、還暦を過ぎた気がしません。皆、音楽を聴く立場になっているので、音楽を聴く立場と、やる立場とで、思いの違いはありましたが、とりあえず、皆、元気でなによりでした。

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そんな風で、僕はまた、東京の音楽生活にもどって、また道なき道を歩ってわけですね。1月25日の四谷「コタン」ライブが今年の音初めです。パーカッションの甲斐氏も元気です。

次回は、偶然見つけたノールウェイのシルケリグレコードのサイトを紹介します。そのレーベルから僕とアンネ・ヴァーダさんのCD「黎明」が出ています。ノールウェイでのレコーディングが思い出されます。

1月25日の四谷「コタン」ライブの情報はこちらからhttp://akifukakusa.com/2010/01/post-34.html

 

正月の後、再び故郷に帰ったんですが、その翌日大雪になりました。蟹江町にも、僕が記憶にある中では、初めての大雪警報が出ました。蟹江町は雪は降るには降るんですが、それにしても大雪警報は初めてですよ。名古屋もけっこう降ってましたが、東京はどうってことなかったんですね。東京はこれから2月にかけて雪が降りますね。思い起こせば僕が学生の頃大学受験に上京した日も確か東京は大雪の日でした。2月の10日前後、宿泊していた旅館から雪の中を、受験会場に向かいました。東京で雪が降ると何故か、いつもそんなことを思い出すんです。東京は、2月の10日ごろ雪がふるんだ、ってね。まぁ、最近は天候不順ですが。

故郷は大雪でした。

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太陽も月のよう

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止んでしまえば、水分の多い雪でしたので、すぐに溶けましたが。

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そんな日に故郷の友人達との、二回目の「生存確認会議」です。まぁ、新年会ですが。無病息災とはいきませんが、とにかくなんとか皆元気でなによりです。高校時代のバンド仲間でもあります。音楽談義に花を咲かせ、しかし、まったく、還暦を過ぎた気がしません。皆、音楽を聴く立場になっているので、音楽を聴く立場と、やる立場とで、思いの違いはありましたが、とりあえず、皆、元気でなによりでした。

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そんな風で、僕はまた、東京の音楽生活にもどって、また道なき道を歩ってわけですね。1月25日の四谷「コタン」ライブが今年の音初めです。パーカッションの甲斐氏も元気です。

次回は、偶然見つけたノールウェイのシルケリグレコードのサイトを紹介します。そのレーベルから僕とアンネ・ヴァーダさんのCD「黎明」が出ています。ノールウェイでのレコーディングが思い出されます。

1月25日の四谷「コタン」ライブの情報はこちらからhttp://akifukakusa.com/2010/01/post-34.html

 

正月の後、再び故郷に帰ったんですが、その翌日大雪になりました。蟹江町にも、僕が記憶にある中では、初めての大雪警報が出ました。蟹江町は雪は降るには降るんですが、それにしても大雪警報は初めてですよ。名古屋もけっこう降ってましたが、東京はどうってことなかったんですね。東京はこれから2月にかけて雪が降りますね。思い起こせば僕が学生の頃大学受験に上京した日も確か東京は大雪の日でした。2月の10日前後、宿泊していた旅館から雪の中を、受験会場に向かいました。東京で雪が降ると何故か、いつもそんなことを思い出すんです。東京は、2月の10日ごろ雪がふるんだ、ってね。まぁ、最近は天候不順ですが。

故郷は大雪でした。

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太陽も月のよう

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止んでしまえば、水分の多い雪でしたので、すぐに溶けましたが。

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そんな日に故郷の友人達との、二回目の「生存確認会議」です。まぁ、新年会ですが。無病息災とはいきませんが、とにかくなんとか皆元気でなによりです。高校時代のバンド仲間でもあります。音楽談義に花を咲かせ、しかし、まったく、還暦を過ぎた気がしません。皆、音楽を聴く立場になっているので、音楽を聴く立場と、やる立場とで、思いの違いはありましたが、とりあえず、皆、元気でなによりでした。

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そんな風で、僕はまた、東京の音楽生活にもどって、また道なき道を歩ってわけですね。1月25日の四谷「コタン」ライブが今年の音初めです。パーカッションの甲斐氏も元気です。

次回は、偶然見つけたノールウェイのシルケリグレコードのサイトを紹介します。そのレーベルから僕とアンネ・ヴァーダさんのCD「黎明」が出ています。ノールウェイでのレコーディングが思い出されます。

1月25日の四谷「コタン」ライブの情報はこちらからhttp://akifukakusa.com/2010/01/post-34.html

 

一月九日は笙の豊剛秋(ぶんのたけあき)さんの結婚式でした。渋谷のレストランで、ブラックミュージックが好きな豊さんらしい結婚式でした。式全体に豊さんが選曲したソウルミュージックが流れてました。

オシャレなレストランでの、「人前結婚式」という形で、結婚の宣言です。僕は、「仏前結婚式」は経験があります。実はパーカッションの甲斐氏夫婦の結婚式の後見人だったのですが、その時は仏前結婚式でした。仏前結婚式と云うとお寺でする結婚式ですが、そう!僕がいつもリハーサルや作曲で籠る「長応寺」でした。厳かで良かったですよ。でも、今回の人前結婚式は初めてでしたね。

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きれいな奥さんの香織さんに、豊さんはご満悦です。やはり、最初は雅楽の装束でした。

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宮内庁の楽師の方々と豊さんの笙の生徒さんとの合奏です。もちろん真ん中で装束姿で吹いているのが豊さんです。

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非常に珍しい楽師の方々の洋楽器の演奏です。左が豊さんのバイオリンの先生で、日本フィルハーモニー交響楽団コンサートマスターをなさっていた大川内氏、一番右が豊英秋(ぶんのひであき)氏、その左隣のチェロが英秋氏の息子さんの豊靖秋(ぶんのやすあき)氏、衣装替えした豊さんが第二バイオリンです。楽師の方々の洋楽器の演奏は宮中の晩餐会でしか見られないですよ。貴重でした。豊さんリラックスして和やかでした。

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豊さんのバンド仲間との演奏です。マリンバの東(ひがし)さん、ベースの芹澤さん。豊さん、本気で熱演してました、まさにライブハウス状態でしたね。笙の演奏あり、カルテットあり、ジャズあり、それに豊さんのピアノ演奏もありの音楽満載の結婚式でした、3時間があっという間に過ぎた、楽しい結婚式でした。

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笑顔の、うれしそうな豊さんです。ホットしてる様子。後ろ向きになっている人は今回、豊さんが司会をお願いした真夏さんです。37年程前に、ウルトラマンレオでデビューされた俳優さんです。豊さんと真夏さんは、話しを聞くと不思議な縁でした、まさに真夏さんは、豊さんと香織さんのキューピット役だった、ということでした。

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それぞれの両親に花束贈呈の後、最後の豊さんの挨拶です。しっかりした豊さんの声がいい声でした、いつもとちょっと違う声に聞こえましたね。決意が声になって出てました。

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おめでとうございました。お幸せになってください。これからもまたライブ、よろしくね!ますます、活躍して、良い音楽を目指しましょう。

 

 

 

一月九日は笙の豊剛秋(ぶんのたけあき)さんの結婚式でした。渋谷のレストランで、ブラックミュージックが好きな豊さんらしい結婚式でした。式全体に豊さんが選曲したソウルミュージックが流れてました。

オシャレなレストランでの、「人前結婚式」という形で、結婚の宣言です。僕は、「仏前結婚式」は経験があります。実はパーカッションの甲斐氏夫婦の結婚式の後見人だったのですが、その時は仏前結婚式でした。仏前結婚式と云うとお寺でする結婚式ですが、そう!僕がいつもリハーサルや作曲で籠る「長応寺」でした。厳かで良かったですよ。でも、今回の人前結婚式は初めてでしたね。

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きれいな奥さんの香織さんに、豊さんはご満悦です。やはり、最初は雅楽の装束でした。

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宮内庁の楽師の方々と豊さんの笙の生徒さんとの合奏です。もちろん真ん中で装束姿で吹いているのが豊さんです。

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非常に珍しい楽師の方々の洋楽器の演奏です。左が豊さんのバイオリンの先生で、日本フィルハーモニー交響楽団コンサートマスターをなさっていた大川内氏、一番右が豊英秋(ぶんのひであき)氏、その左隣のチェロが英秋氏の息子さんの豊靖秋(ぶんのやすあき)氏、衣装替えした豊さんが第二バイオリンです。楽師の方々の洋楽器の演奏は宮中の晩餐会でしか見られないですよ。貴重でした。豊さんリラックスして和やかでした。

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豊さんのバンド仲間との演奏です。マリンバの東(ひがし)さん、ベースの芹澤さん。豊さん、本気で熱演してました、まさにライブハウス状態でしたね。笙の演奏あり、カルテットあり、ジャズあり、それに豊さんのピアノ演奏もありの音楽満載の結婚式でした、3時間があっという間に過ぎた、楽しい結婚式でした。

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笑顔の、うれしそうな豊さんです。ホットしてる様子。後ろ向きになっている人は今回、豊さんが司会をお願いした真夏さんです。37年程前に、ウルトラマンレオでデビューされた俳優さんです。豊さんと真夏さんは、話しを聞くと不思議な縁でした、まさに真夏さんは、豊さんと香織さんのキューピット役だった、ということでした。

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それぞれの両親に花束贈呈の後、最後の豊さんの挨拶です。しっかりした豊さんの声がいい声でした、いつもとちょっと違う声に聞こえましたね。決意が声になって出てました。

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おめでとうございました。お幸せになってください。これからもまたライブ、よろしくね!ますます、活躍して、良い音楽を目指しましょう。

 

 

 

一月九日は笙の豊剛秋(ぶんのたけあき)さんの結婚式でした。渋谷のレストランで、ブラックミュージックが好きな豊さんらしい結婚式でした。式全体に豊さんが選曲したソウルミュージックが流れてました。

オシャレなレストランでの、「人前結婚式」という形で、結婚の宣言です。僕は、「仏前結婚式」は経験があります。実はパーカッションの甲斐氏夫婦の結婚式の後見人だったのですが、その時は仏前結婚式でした。仏前結婚式と云うとお寺でする結婚式ですが、そう!僕がいつもリハーサルや作曲で籠る「長応寺」でした。厳かで良かったですよ。でも、今回の人前結婚式は初めてでしたね。

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きれいな奥さんの香織さんに、豊さんはご満悦です。やはり、最初は雅楽の装束でした。

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宮内庁の楽師の方々と豊さんの笙の生徒さんとの合奏です。もちろん真ん中で装束姿で吹いているのが豊さんです。

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非常に珍しい楽師の方々の洋楽器の演奏です。左が豊さんのバイオリンの先生で、日本フィルハーモニー交響楽団コンサートマスターをなさっていた大川内氏、一番右が豊英秋(ぶんのひであき)氏、その左隣のチェロが英秋氏の息子さんの豊靖秋(ぶんのやすあき)氏、衣装替えした豊さんが第二バイオリンです。楽師の方々の洋楽器の演奏は宮中の晩餐会でしか見られないですよ。貴重でした。豊さんリラックスして和やかでした。

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豊さんのバンド仲間との演奏です。マリンバの東(ひがし)さん、ベースの芹澤さん。豊さん、本気で熱演してました、まさにライブハウス状態でしたね。笙の演奏あり、カルテットあり、ジャズあり、それに豊さんのピアノ演奏もありの音楽満載の結婚式でした、3時間があっという間に過ぎた、楽しい結婚式でした。

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笑顔の、うれしそうな豊さんです。ホットしてる様子。後ろ向きになっている人は今回、豊さんが司会をお願いした真夏さんです。37年程前に、ウルトラマンレオでデビューされた俳優さんです。豊さんと真夏さんは、話しを聞くと不思議な縁でした、まさに真夏さんは、豊さんと香織さんのキューピット役だった、ということでした。

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それぞれの両親に花束贈呈の後、最後の豊さんの挨拶です。しっかりした豊さんの声がいい声でした、いつもとちょっと違う声に聞こえましたね。決意が声になって出てました。

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おめでとうございました。お幸せになってください。これからもまたライブ、よろしくね!ますます、活躍して、良い音楽を目指しましょう。

 

 

 

京都に住んでいる僕の友人のアーティストの鈴鹿さんから写真が届きました。様々なカメラを駆使した写真から作品を創っているアーティストです。僕にはどのように作品が創られて行くのかまったく判りませんが、すばらしい作品ばかりです。

送られて来た写真です。本人のシルエットです。夕焼けか、朝焼けか、こんな風に、こういう所で、撮っているんですねぇ。こういう作業自体が瞑想的ですねぇ。

suzu-suzuka-1.jpg

 

バリ島と書いてありました。

suzu-suzuka-2.jpg

 

富士山です。太陽との一瞬のショットです。ひょっとしたら元旦の太陽かな、富士山が輝く玉(ぎょく)を承けているような・・・。

suzu-suzuka-Mt Fuji (Japan).jpg

鈴鹿さんとの出会いは、二十五年位前になります。僕が京都でライブをやった時に知り合ったのですが、秦琴のパフォーマンスを始めてからまだ間もないときでした。つたない演奏でしたが、気に入ってくれてそれから、京都と東京ですから、付かず離れずの付き合いです。鈴鹿さんは僕よりちょっと年上ですが、お互い年を重ねました。

鈴鹿さんのホームページです。彼のすばらしい活動が垣間見られます。是非ご覧下さい。

鈴鹿芳康 Official web site http://www.yasusuzuka.com/

 

 

 

京都に住んでいる僕の友人のアーティストの鈴鹿さんから写真が届きました。様々なカメラを駆使した写真から作品を創っているアーティストです。僕にはどのように作品が創られて行くのかまったく判りませんが、すばらしい作品ばかりです。

送られて来た写真です。本人のシルエットです。夕焼けか、朝焼けか、こんな風に、こういう所で、撮っているんですねぇ。こういう作業自体が瞑想的ですねぇ。

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バリ島と書いてありました。

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富士山です。太陽との一瞬のショットです。ひょっとしたら元旦の太陽かな、富士山が輝く玉(ぎょく)を承けているような・・・。

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鈴鹿さんとの出会いは、二十五年位前になります。僕が京都でライブをやった時に知り合ったのですが、秦琴のパフォーマンスを始めてからまだ間もないときでした。つたない演奏でしたが、気に入ってくれてそれから、京都と東京ですから、付かず離れずの付き合いです。鈴鹿さんは僕よりちょっと年上ですが、お互い年を重ねました。

鈴鹿さんのホームページです。彼のすばらしい活動が垣間見られます。是非ご覧下さい。

鈴鹿芳康 Official web site http://www.yasusuzuka.com/

 

 

 

京都に住んでいる僕の友人のアーティストの鈴鹿さんから写真が届きました。様々なカメラを駆使した写真から作品を創っているアーティストです。僕にはどのように作品が創られて行くのかまったく判りませんが、すばらしい作品ばかりです。

送られて来た写真です。本人のシルエットです。夕焼けか、朝焼けか、こんな風に、こういう所で、撮っているんですねぇ。こういう作業自体が瞑想的ですねぇ。

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バリ島と書いてありました。

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富士山です。太陽との一瞬のショットです。ひょっとしたら元旦の太陽かな、富士山が輝く玉(ぎょく)を承けているような・・・。

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鈴鹿さんとの出会いは、二十五年位前になります。僕が京都でライブをやった時に知り合ったのですが、秦琴のパフォーマンスを始めてからまだ間もないときでした。つたない演奏でしたが、気に入ってくれてそれから、京都と東京ですから、付かず離れずの付き合いです。鈴鹿さんは僕よりちょっと年上ですが、お互い年を重ねました。

鈴鹿さんのホームページです。彼のすばらしい活動が垣間見られます。是非ご覧下さい。

鈴鹿芳康 Official web site http://www.yasusuzuka.com/

 

 

 

今年の正月は故郷の、蟹江で過ごしました。久しぶりに母と正月を迎えました。まっ、静かな正月ではありました。初詣はそんな訳で、蟹江の神明社と云う神社に行きました。

今回はそんな訳で、僕が生まれ育った蟹江と云う町をちょっと紹介します。まぁ、蟹江町の本町と云う辺りですが、蟹江町は愛知県の海部郡にあります。町の中を蟹江川という川が流れています。昔は雷魚というかなり大きな魚がたくさん泳いでいました。それを、「ひっかけ」って言うんですけど、棹に引っ掛け針をつけて、引っ掛けてつり上げる、そんなことをよくしてました。

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ぼくが幼かった頃この川はまだ泳げることができて、この橋から子供達よくが飛び込んで泳いでました。

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神明社は蟹江川のたもとにあります。

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宮司さんがいない小さな神社です。裏に社務所があるんですけど、昔はそこに管理の人が住み込んでいました。小学生の頃から今まで僕はその人が神主さんと思ってました。そうではなく管理人さんでした。今はもう亡くなって、誰も住んでいません。

元旦の昼過ぎの写真です。左にちょっとお炊き上げがあって、パラパラと初詣の人が来ていました。

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二日に又行ったら、本殿も閉まっていて、なんか終っちゃっていました。アレッ〜、少なくても三が日は開いてなきゃ〜。な〜んか寂しかったですねぇ。僕が小学生のころは、お祭りでもここはけっこう香具師の人達が来てけっこう賑わっていたんだけど。そんな思い出がある神社です。

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実は神明社は、一昨年の11月にコンサートをした「西光寺」の隣なんです。コンサートのことは「過去のブログ」で見られます。 「過去のブログ その一」 「過去のブログ その二」 「過去のブログ その三」

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右手の手前が「西光寺」の入り口で、奥にちょっと幟旗が見えるのが「神明社」

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今はもうすっかり寂れた本町商店街。

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この路地のずっと奥に僕が高校まで住んでいた家がありました。高校を出た時に同じ蟹江でちょっと離れたところに引っ越しましたが、この路地を高校生のぼくは、背中にエレキギターをケースに入れて背負って、自転車の後ろに当時のソニーのテープレコーダーをくくり付けて、練習で借りていた空き家まで、いつも走り回っていました。エレキ少年だったのですよ。

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久しぶりの蟹江町の路地は、当時のままのところもあり、又まったく変わってしまっている所もあり、懐かしくもあり、寂しくもありました。

まさに、ビートルズの「in my life」です。

 

 

今年の正月は故郷の、蟹江で過ごしました。久しぶりに母と正月を迎えました。まっ、静かな正月ではありました。初詣はそんな訳で、蟹江の神明社と云う神社に行きました。

今回はそんな訳で、僕が生まれ育った蟹江と云う町をちょっと紹介します。まぁ、蟹江町の本町と云う辺りですが、蟹江町は愛知県の海部郡にあります。町の中を蟹江川という川が流れています。昔は雷魚というかなり大きな魚がたくさん泳いでいました。それを、「ひっかけ」って言うんですけど、棹に引っ掛け針をつけて、引っ掛けてつり上げる、そんなことをよくしてました。

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ぼくが幼かった頃この川はまだ泳げることができて、この橋から子供達よくが飛び込んで泳いでました。

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神明社は蟹江川のたもとにあります。

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宮司さんがいない小さな神社です。裏に社務所があるんですけど、昔はそこに管理の人が住み込んでいました。小学生の頃から今まで僕はその人が神主さんと思ってました。そうではなく管理人さんでした。今はもう亡くなって、誰も住んでいません。

元旦の昼過ぎの写真です。左にちょっとお炊き上げがあって、パラパラと初詣の人が来ていました。

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二日に又行ったら、本殿も閉まっていて、なんか終っちゃっていました。アレッ〜、少なくても三が日は開いてなきゃ〜。な〜んか寂しかったですねぇ。僕が小学生のころは、お祭りでもここはけっこう香具師の人達が来てけっこう賑わっていたんだけど。そんな思い出がある神社です。

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実は神明社は、一昨年の11月にコンサートをした「西光寺」の隣なんです。コンサートのことは「過去のブログ」で見られます。 「過去のブログ その一」 「過去のブログ その二」 「過去のブログ その三」

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右手の手前が「西光寺」の入り口で、奥にちょっと幟旗が見えるのが「神明社」

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今はもうすっかり寂れた本町商店街。

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この路地のずっと奥に僕が高校まで住んでいた家がありました。高校を出た時に同じ蟹江でちょっと離れたところに引っ越しましたが、この路地を高校生のぼくは、背中にエレキギターをケースに入れて背負って、自転車の後ろに当時のソニーのテープレコーダーをくくり付けて、練習で借りていた空き家まで、いつも走り回っていました。エレキ少年だったのですよ。

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久しぶりの蟹江町の路地は、当時のままのところもあり、又まったく変わってしまっている所もあり、懐かしくもあり、寂しくもありました。

まさに、ビートルズの「in my life」です。

 

 

今年の正月は故郷の、蟹江で過ごしました。久しぶりに母と正月を迎えました。まっ、静かな正月ではありました。初詣はそんな訳で、蟹江の神明社と云う神社に行きました。

今回はそんな訳で、僕が生まれ育った蟹江と云う町をちょっと紹介します。まぁ、蟹江町の本町と云う辺りですが、蟹江町は愛知県の海部郡にあります。町の中を蟹江川という川が流れています。昔は雷魚というかなり大きな魚がたくさん泳いでいました。それを、「ひっかけ」って言うんですけど、棹に引っ掛け針をつけて、引っ掛けてつり上げる、そんなことをよくしてました。

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ぼくが幼かった頃この川はまだ泳げることができて、この橋から子供達よくが飛び込んで泳いでました。

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神明社は蟹江川のたもとにあります。

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宮司さんがいない小さな神社です。裏に社務所があるんですけど、昔はそこに管理の人が住み込んでいました。小学生の頃から今まで僕はその人が神主さんと思ってました。そうではなく管理人さんでした。今はもう亡くなって、誰も住んでいません。

元旦の昼過ぎの写真です。左にちょっとお炊き上げがあって、パラパラと初詣の人が来ていました。

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二日に又行ったら、本殿も閉まっていて、なんか終っちゃっていました。アレッ〜、少なくても三が日は開いてなきゃ〜。な〜んか寂しかったですねぇ。僕が小学生のころは、お祭りでもここはけっこう香具師の人達が来てけっこう賑わっていたんだけど。そんな思い出がある神社です。

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実は神明社は、一昨年の11月にコンサートをした「西光寺」の隣なんです。コンサートのことは「過去のブログ」で見られます。 「過去のブログ その一」 「過去のブログ その二」 「過去のブログ その三」

furusato-kani-8.jpg

右手の手前が「西光寺」の入り口で、奥にちょっと幟旗が見えるのが「神明社」

furusato-kani-12.jpg

今はもうすっかり寂れた本町商店街。

furusato-kani-11.jpg

この路地のずっと奥に僕が高校まで住んでいた家がありました。高校を出た時に同じ蟹江でちょっと離れたところに引っ越しましたが、この路地を高校生のぼくは、背中にエレキギターをケースに入れて背負って、自転車の後ろに当時のソニーのテープレコーダーをくくり付けて、練習で借りていた空き家まで、いつも走り回っていました。エレキ少年だったのですよ。

furusato-kani-13.jpg

久しぶりの蟹江町の路地は、当時のままのところもあり、又まったく変わってしまっている所もあり、懐かしくもあり、寂しくもありました。

まさに、ビートルズの「in my life」です。

 

 

 

「あけましておめでとうございます。今年も皆様幸せでありますように」


 

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今年の年賀状です。

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ちなみに年賀状の右に書いてある漢文を解説しましょう。新年早々こ難しい話しですいません!


若言琴上有琴声   若し琴上に琴声ありと言わば
放在匣中何不鳴   匣中(こうちゅう)に放(お)くに何ぞ鳴らざる
若言声在指頭上   若し声は指頭の上に在りと言わば
何不於君指上聴   何ぞ君が指上に於いて聴かざる

(蘇東坡集続集「十」巻二、“琴詩”より)


この言葉は陶淵明(365~427)の『無弦琴』の故事が前提になっています。唐の648年に編纂された『晋書』第六十四巻(隠逸)の「陶潜伝」にはこんな事が記されています。「陶潜」は陶淵明の名です。字を淵明と云います。

----性不解音、而蓄素琴一張、弦徽不具、毎朋酒之會、則撫而和之、日「但識琴中趣、何労弦上聲」----

【 陶淵明の本来の性質は音楽を理解しなかったが、飾りのない琴を一張たくわえていた。その琴には弦も徽もなかった。親友と飲む集いのたびに、いつもその琴を撫でながらこれに和し、言った。「琴中の趣を知ってさえいれば、どうして弦の出す音に煩わされることがあろうか」】

この「但識琴中趣、何労弦上聲」(ただ琴中の趣を識れば、何ぞ絃上の聲を労(わずら)わす)と云う一句は、つまり陶淵明には琴を弾かなくても、琴の趣を判っているので、弦が張られていない琴の妙なる音が聞こえる、と云う訳です。このことから陶淵明の『無弦琴』の故事が出て来ているのですが、これを蘇東坡(そとうば 1036~1101) が上記の様な詩を作って皮肉ったのです。

絃が張られていない琴の妙なる音が聞こえるのなら、どうして箱の中の琴がひとりでに鳴らないのだ。弾かなくて音が聞こえるのなら、どうして君の指から音が聞こえないのだ。こんな風に皮肉っているのです。

『無弦琴』の故事は一つの音楽の本質的な話しですが、演奏家から言わせてもらうなら、弾いて、弾いて、弾いて、そのまた先の先に「音無き音」が聞こえて来るのです。音楽にその身を捧げなければ、音無き音の妙音なぞ聞こえて来るものではありません。

三途の川を渡る時、遥か天空の雲間から、カランカランと聞こえて来るのです。


2011年 元旦 今年も皆様幸せでありますように

 

 

 

 

「あけましておめでとうございます。今年も皆様幸せでありますように」


 

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今年の年賀状です。

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ちなみに年賀状の右に書いてある漢文を解説しましょう。新年早々こ難しい話しですいません!


若言琴上有琴声   若し琴上に琴声ありと言わば
放在匣中何不鳴   匣中(こうちゅう)に放(お)くに何ぞ鳴らざる
若言声在指頭上   若し声は指頭の上に在りと言わば
何不於君指上聴   何ぞ君が指上に於いて聴かざる

(蘇東坡集続集「十」巻二、“琴詩”より)


この言葉は陶淵明(365~427)の『無弦琴』の故事が前提になっています。唐の648年に編纂された『晋書』第六十四巻(隠逸)の「陶潜伝」にはこんな事が記されています。「陶潜」は陶淵明の名です。字を淵明と云います。

----性不解音、而蓄素琴一張、弦徽不具、毎朋酒之會、則撫而和之、日「但識琴中趣、何労弦上聲」----

【 陶淵明の本来の性質は音楽を理解しなかったが、飾りのない琴を一張たくわえていた。その琴には弦も徽もなかった。親友と飲む集いのたびに、いつもその琴を撫でながらこれに和し、言った。「琴中の趣を知ってさえいれば、どうして弦の出す音に煩わされることがあろうか」】

この「但識琴中趣、何労弦上聲」(ただ琴中の趣を識れば、何ぞ絃上の聲を労(わずら)わす)と云う一句は、つまり陶淵明には琴を弾かなくても、琴の趣を判っているので、弦が張られていない琴の妙なる音が聞こえる、と云う訳です。このことから陶淵明の『無弦琴』の故事が出て来ているのですが、これを蘇東坡(そとうば 1036~1101) が上記の様な詩を作って皮肉ったのです。

絃が張られていない琴の妙なる音が聞こえるのなら、どうして箱の中の琴がひとりでに鳴らないのだ。弾かなくて音が聞こえるのなら、どうして君の指から音が聞こえないのだ。こんな風に皮肉っているのです。

『無弦琴』の故事は一つの音楽の本質的な話しですが、演奏家から言わせてもらうなら、弾いて、弾いて、弾いて、そのまた先の先に「音無き音」が聞こえて来るのです。音楽にその身を捧げなければ、音無き音の妙音なぞ聞こえて来るものではありません。

三途の川を渡る時、遥か天空の雲間から、カランカランと聞こえて来るのです。


2011年 元旦 今年も皆様幸せでありますように

 

 

 

 

「あけましておめでとうございます。今年も皆様幸せでありますように」


 

akemasite-3.jpg

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今年の年賀状です。

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ちなみに年賀状の右に書いてある漢文を解説しましょう。新年早々こ難しい話しですいません!


若言琴上有琴声   若し琴上に琴声ありと言わば
放在匣中何不鳴   匣中(こうちゅう)に放(お)くに何ぞ鳴らざる
若言声在指頭上   若し声は指頭の上に在りと言わば
何不於君指上聴   何ぞ君が指上に於いて聴かざる

(蘇東坡集続集「十」巻二、“琴詩”より)


この言葉は陶淵明(365~427)の『無弦琴』の故事が前提になっています。唐の648年に編纂された『晋書』第六十四巻(隠逸)の「陶潜伝」にはこんな事が記されています。「陶潜」は陶淵明の名です。字を淵明と云います。

----性不解音、而蓄素琴一張、弦徽不具、毎朋酒之會、則撫而和之、日「但識琴中趣、何労弦上聲」----

【 陶淵明の本来の性質は音楽を理解しなかったが、飾りのない琴を一張たくわえていた。その琴には弦も徽もなかった。親友と飲む集いのたびに、いつもその琴を撫でながらこれに和し、言った。「琴中の趣を知ってさえいれば、どうして弦の出す音に煩わされることがあろうか」】

この「但識琴中趣、何労弦上聲」(ただ琴中の趣を識れば、何ぞ絃上の聲を労(わずら)わす)と云う一句は、つまり陶淵明には琴を弾かなくても、琴の趣を判っているので、弦が張られていない琴の妙なる音が聞こえる、と云う訳です。このことから陶淵明の『無弦琴』の故事が出て来ているのですが、これを蘇東坡(そとうば 1036~1101) が上記の様な詩を作って皮肉ったのです。

絃が張られていない琴の妙なる音が聞こえるのなら、どうして箱の中の琴がひとりでに鳴らないのだ。弾かなくて音が聞こえるのなら、どうして君の指から音が聞こえないのだ。こんな風に皮肉っているのです。

『無弦琴』の故事は一つの音楽の本質的な話しですが、演奏家から言わせてもらうなら、弾いて、弾いて、弾いて、そのまた先の先に「音無き音」が聞こえて来るのです。音楽にその身を捧げなければ、音無き音の妙音なぞ聞こえて来るものではありません。

三途の川を渡る時、遥か天空の雲間から、カランカランと聞こえて来るのです。


2011年 元旦 今年も皆様幸せでありますように

 

 

 

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