狐
ある日の夕方 本堂の廊下に一人座っていると 一匹の狐が境内をゆっくりと横切って行った チラリ、チラリ、と私を横に見ながら 尾を下げ、頭を下げて、寂しげに 幾日かして私は高い熱を出して寝込んだ 何日も熱が引かず寝たまま動けずにいたある日の夜 天井の上を川の流れる音がして目が覚めた 時に岩にぶつかる様な 時に下に落ちる様な 私の体は寝ている布団のまま静かに浮かんで 畳の上をゆっくりと滑るように動き出した 左に流れ 右に流れ いつの間にか私は又深い眠りに落ちた どれ程眠っていたのかわからな...
夜行列車
この悲しみは 過ぎし時の彼方から こぼれ出てくものなのか いやちがうぞ、ちがうぞ これはまだ来ぬ未来の虚空から 吸い取り紙のように滲み出て 私の心を静かに浸す 約束された悲しみだ 幾夜を通り抜ける 夜行列車のように ガタゴトと その悲しみの森に向かう 風は流れ 川は流れ 雲は流れ 時は流れ 夢は流れ 私は流れ 或る日の 或る時の 或る場所で 私は静かに眼を醒ます 鳥の声が遠くに聞こえるその朝に 夢も忘れたその朝に 古ぼけたテープレコーダーから聞こえる 君の声のやさしに 私...
蛾
街燈の灯りと月の光の境い目を 小さな蛾が ハタハタと蛇行しながら横切った 右に飛んだり 左に飛んだり 蛾は本当に飛ぶのがヘタだ 何処へ行こうとしているのか 其れさえ判らない あの羽根の白い 目が緑色した 殆ど同じ格好の 強い風の日 ヒラリ ヒラリと優雅に踊っている様に飛んで そう、僕達は紋白蝶と言っている ユラユラ飛んでいる様にみえるだろう どうして どうして彼らはどんなに強い風の日でも ちゃんと目的地に行く それに比べて蛾はどうだい あっちにぶつかり こっちにぶつかり それに今日は風も吹...